クリスマス、すっかり暗くなって帰ってきた。先 に車から降りて玄関に向かった家人が叫んでいる。
「あなた!うちにもサンタさんが来たー!!!」
車のヘッドライトに照らされて、夜目にも分かるくらい牧師館の庭がすっきりしている。庭の木々は剪定 され、玄関前に無造作に置いていた植木鉢が綺麗に整頓されている。忙しさの中で、買ったまま放置されて いたスミレの苗、それが植木鉢にちゃんと植えられて いるではないか!気になりつつ横目で見ながら、水だ けやっていたスミレの苗だ。
喜んだのは家人ばかりではない。これって、いいな ぁ〜。今夜は我が家も“Oh, Holy Night”だ!
2015年12月27日日曜日
2015年12月20日日曜日
命の光きたる
「暗闇に住む民は大きな光を見、死の蔭の地に住む者に光が射し込んだ」(イザヤ書9:1)と、聖書は主イエス・キリストを光として語る。
このクリスマス、誰かの心に小さな光を灯したいと願う。Aさんの表情がこの頃チョット良くなってきた!Bさんも昨日初めてニコッと笑ったね。Cさんとは電話で、いっぱい話が聞けた。Dさん、救われた。
キリスト者はキリストの光に照らされて、主を証しする。主は私の心の暗闇に輝く光だ。それは全ての人を救うためにご自分を捧げてくださった命の光だ。喜び来る!わが救い来る!クリスマスおめでとう。
このクリスマス、誰かの心に小さな光を灯したいと願う。Aさんの表情がこの頃チョット良くなってきた!Bさんも昨日初めてニコッと笑ったね。Cさんとは電話で、いっぱい話が聞けた。Dさん、救われた。
キリスト者はキリストの光に照らされて、主を証しする。主は私の心の暗闇に輝く光だ。それは全ての人を救うためにご自分を捧げてくださった命の光だ。喜び来る!わが救い来る!クリスマスおめでとう。
2015年12月13日日曜日
ウソでもいいから
「おめでとう。恵まれた方。主があなたと共におられる」とは、天使がマリアに言った言葉である。
この後で、マリアはとても自分が恵まれているとは思えないような事実を告げられる。人間の目には、とうてい「めでたい」とは思えない事だ。マリアは「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように」と受け入れ、主キリストが誕生する。
キリスト者は、苦しい時ばかりでなく、どんな時もこのマリアのように、「御心のままに」と祈ることができる。まずはウソでもいいから、「御心のままに」と唱えてみては如何だろう?「御心のままに」。この言葉には不思議な力がある。
この後で、マリアはとても自分が恵まれているとは思えないような事実を告げられる。人間の目には、とうてい「めでたい」とは思えない事だ。マリアは「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように」と受け入れ、主キリストが誕生する。
キリスト者は、苦しい時ばかりでなく、どんな時もこのマリアのように、「御心のままに」と祈ることができる。まずはウソでもいいから、「御心のままに」と唱えてみては如何だろう?「御心のままに」。この言葉には不思議な力がある。
2015年12月6日日曜日
地には主の平和あれ
ルーテル教会では毎日曜日の礼拝で「平和の挨拶」というのをする。「主の平和がありますように」と言って握手をする。私はこの時が大好きだ。
初めての方「ようこそ」。久しぶりにあう方「お久しぶり、お元気でしたか?」。昨日もあった方「今日もあえて嬉しい!」。えっ?何やらもやもやするって?心になんだかわだかまりだって?そんなの「平和の挨拶」をすれば、みんな吹っ飛んじゃいますよ。
アドベント第2週の今日、平和を表わす「天使のキャンドル」が灯される。天使はまず「恐れるな」と告げ、そして「地には平和、御心に適う人にあれ」と賛美する。私たちはみな一人ひとり御心に適う人!
初めての方「ようこそ」。久しぶりにあう方「お久しぶり、お元気でしたか?」。昨日もあった方「今日もあえて嬉しい!」。えっ?何やらもやもやするって?心になんだかわだかまりだって?そんなの「平和の挨拶」をすれば、みんな吹っ飛んじゃいますよ。
アドベント第2週の今日、平和を表わす「天使のキャンドル」が灯される。天使はまず「恐れるな」と告げ、そして「地には平和、御心に適う人にあれ」と賛美する。私たちはみな一人ひとり御心に適う人!
2015年11月29日日曜日
アドベントキャンドル
紫のテーパーキャンドルが手に入った。アドベントの典礼色は待望と悔い改めを表す「紫」である。そこで欧米ではよく「紫」のロウソクが用いられる。
アドベントの1週目は希望、2週目は平和、3週目は喜びを表すバラ色のロウソクを用いる事もある。4週目のロウソクは愛を表し、クリスマスには白いキリ ストのロウソクが灯される。エバーグリーンに囲まれながら、今年は典礼色のロウソクが飾れた。
色々あったが、主の恵みに満たされたこの一年だったと振り返る。さあ、今日からアドベント。我儘を反省し、このロウソクの灯火が我が心にも灯されて、この世の闇を照らし出せるようにと切に祈る。
アドベントの1週目は希望、2週目は平和、3週目は喜びを表すバラ色のロウソクを用いる事もある。4週目のロウソクは愛を表し、クリスマスには白いキリ ストのロウソクが灯される。エバーグリーンに囲まれながら、今年は典礼色のロウソクが飾れた。
色々あったが、主の恵みに満たされたこの一年だったと振り返る。さあ、今日からアドベント。我儘を反省し、このロウソクの灯火が我が心にも灯されて、この世の闇を照らし出せるようにと切に祈る。
2015年11月22日日曜日
いたずらっぽく笑われた
97歳のKさんを久しぶりにお訪ねした。長男ご夫妻のお世話で、穏やかに暮らしておられる。ベットにきちんと腰掛けて、私たちを迎えてくださった。
讃美歌を歌い、聖書を一緒に読む。「目がしょぼしょぼして・・・」とおっしゃりながらも、讃美歌も聖書箇所も的確に開かれたのにはまったく感心する。
「あともう二三日かな?って、いつも思うんです。でも朝、目が覚めて・・・」と、Kさんはニコッと、いたずらっぽく笑われた。お別れに「おど~ろく~ばかりの~恵みなりき・・・」と彼女の愛唱讃美歌「アメイジング・グレイス」を共に歌い、祈りあった。
Kさん、本当に驚くばかりの主の恵みですね!
讃美歌を歌い、聖書を一緒に読む。「目がしょぼしょぼして・・・」とおっしゃりながらも、讃美歌も聖書箇所も的確に開かれたのにはまったく感心する。
「あともう二三日かな?って、いつも思うんです。でも朝、目が覚めて・・・」と、Kさんはニコッと、いたずらっぽく笑われた。お別れに「おど~ろく~ばかりの~恵みなりき・・・」と彼女の愛唱讃美歌「アメイジング・グレイス」を共に歌い、祈りあった。
Kさん、本当に驚くばかりの主の恵みですね!
2015年11月15日日曜日
友和への道
13日夜、またしてもパリで同時多発テロが起きた。フランスは国家非常事態を宣言した。 一方、米国はゴトウさんたちを斬首したISのジョンと名乗る男を空爆によって殺害したと発表したばかりだ。
しかし、このことでインタビューを受けたゴトウさんのお母さんの言葉には、さすがキリスト者だと頷く。彼女は息子の仇討がかなったとは言わず、ケンジは平和を願って死んでいった。そのことを思うと、米国の行為は決して喜べないと言った。
自分の生命に代えて、息子を助けてほしいとうったえた母親の望みは、恨みでも憎しみでもない、息子の願ったキリストによって保たれる友和への道だ。
しかし、このことでインタビューを受けたゴトウさんのお母さんの言葉には、さすがキリスト者だと頷く。彼女は息子の仇討がかなったとは言わず、ケンジは平和を願って死んでいった。そのことを思うと、米国の行為は決して喜べないと言った。
自分の生命に代えて、息子を助けてほしいとうったえた母親の望みは、恨みでも憎しみでもない、息子の願ったキリストによって保たれる友和への道だ。
2015年11月8日日曜日
ひそかなブーム
毎朝の聖書日課による祈りの時間がこの頃家人の都合でときどき昼にずれてしまうことがある。そんな時は、めいめい祈れば良いと思う。しかしその点に関して家人は融通が利かないほど几帳面だ。
なにか忘れ物をしたようで、なんだか落ち着かないのか、「あなた、聖書日課!」と、自分のせいであっても、まるで私のせいのように急かしてくる。
そんなおりラジオ体操がひそかなブームと聞いた。「ラジオ体操は、じわじわと体に染み込み、体をもとの健全な状態に戻す。継続することで体全体の血流がよくなり、筋肉に弾力性ができ・・・云々」なるほど、心も体も、鍵は柔軟さと継続ということか!
なにか忘れ物をしたようで、なんだか落ち着かないのか、「あなた、聖書日課!」と、自分のせいであっても、まるで私のせいのように急かしてくる。
そんなおりラジオ体操がひそかなブームと聞いた。「ラジオ体操は、じわじわと体に染み込み、体をもとの健全な状態に戻す。継続することで体全体の血流がよくなり、筋肉に弾力性ができ・・・云々」なるほど、心も体も、鍵は柔軟さと継続ということか!
2015年11月1日日曜日
猫のことのようだが、これは猫のことではない。
飼い猫のドッティが四日間ほど行方不明になった。
いつもは私たちの帰宅を待って「おかえり」と迎えてくれるのが、その日には姿を見せなかった。どこかに行っているんだろうくらいに思っていたが、二日目ともなると家人は心配で眠れなくなった。さすがに三日目にはご近所を二人で探して歩いた。
四日目、突然開いていた窓からドッティが飛び込んできた。家人は猫を抱きしめて泣いた。
この間「祈っている」という言葉に励まされた。また、心配をしてくださったご近所の方たちにも出会えた。他者の痛みや悲しみに寄り添う人の優しさを知った。猫のことのようだが、これは猫のことではない。
いつもは私たちの帰宅を待って「おかえり」と迎えてくれるのが、その日には姿を見せなかった。どこかに行っているんだろうくらいに思っていたが、二日目ともなると家人は心配で眠れなくなった。さすがに三日目にはご近所を二人で探して歩いた。
四日目、突然開いていた窓からドッティが飛び込んできた。家人は猫を抱きしめて泣いた。
この間「祈っている」という言葉に励まされた。また、心配をしてくださったご近所の方たちにも出会えた。他者の痛みや悲しみに寄り添う人の優しさを知った。猫のことのようだが、これは猫のことではない。
2015年10月25日日曜日
あなた方はさいわいだ
身体や心に病をもつ人たち、苦しみ悩む人たちがぞくぞくと主イエスのもとに集まってくる。主は彼らに向かって「あなた方はさいわいだ」と宣言される。
人は、突然の病気や予想もしなかった困難な状況に陥ると、そうではなくても、これは「自分に何か落ち度があったからだ」と、つい自分を責め始める。
だが、自分がマイナスだと思い込んでいるものを、主は、さいわいなものへと造り変えてくださる。
マルチン・ルターは「懺悔」することを教えてくれた。罪を告白し、赦しの宣言を受け、私たちは新しくされる。懺悔によって、初めて私たちは癒される。「癒やし」とは本来そういうものだ。神からの祝福だ。
人は、突然の病気や予想もしなかった困難な状況に陥ると、そうではなくても、これは「自分に何か落ち度があったからだ」と、つい自分を責め始める。
だが、自分がマイナスだと思い込んでいるものを、主は、さいわいなものへと造り変えてくださる。
マルチン・ルターは「懺悔」することを教えてくれた。罪を告白し、赦しの宣言を受け、私たちは新しくされる。懺悔によって、初めて私たちは癒される。「癒やし」とは本来そういうものだ。神からの祝福だ。
2015年10月18日日曜日
歌いながら手を繋ぐ
一週間に一度、彼の好物を持って主にある友人を病院に尋ねる。面会室でしばしのお茶の時を持って、一週間の話をゆっくり聞かせて頂く。
心を病む彼には、親しい家族はもういない。孤独と将来の不安から「虚しくなりました」というのがこの頃の彼の口癖である。なんとか彼の支えになりたいと願う。聖書の学びと祈りのあとで一緒にテゼの讃美歌を歌う。「恐れるな わずらうな 主は共におられる 満たされる あなたは 神によって・・・」歌いながら手を繋ぐ。主が私たちの輪に入ってくださる。
彼が救われ、主に委ねて生きてゆけるようにと祈りながら、牧者としての試行錯誤の道はまだまだ続く。
心を病む彼には、親しい家族はもういない。孤独と将来の不安から「虚しくなりました」というのがこの頃の彼の口癖である。なんとか彼の支えになりたいと願う。聖書の学びと祈りのあとで一緒にテゼの讃美歌を歌う。「恐れるな わずらうな 主は共におられる 満たされる あなたは 神によって・・・」歌いながら手を繋ぐ。主が私たちの輪に入ってくださる。
彼が救われ、主に委ねて生きてゆけるようにと祈りながら、牧者としての試行錯誤の道はまだまだ続く。
2015年10月11日日曜日
平和だからこそ
昨年に続くノーベル賞受賞の快挙は何とも嬉しい。
一つは、足元の土の性質に目を向けたもの。土から発見した細菌から感染症のワクチンを開発し、熱帯地域に住む発展途上国の人々を救った功績による。
次は土から空に。世界の自然法則を理解したいという、人類の根源的な好奇心はとうとう目に見えない素 粒子ニュートリノに質量があることをつきとめた。
澄み渡った秋の空を見ながら思う。肉の目では見え ない世界を遊び心で思い巡らすことは、神の創造され た世界を思うことだ。平和だからこそ、土中の微生物や宇宙の成り立ちにも取り組める。
この世界に主の平和が満ちますように。
一つは、足元の土の性質に目を向けたもの。土から発見した細菌から感染症のワクチンを開発し、熱帯地域に住む発展途上国の人々を救った功績による。
次は土から空に。世界の自然法則を理解したいという、人類の根源的な好奇心はとうとう目に見えない素 粒子ニュートリノに質量があることをつきとめた。
澄み渡った秋の空を見ながら思う。肉の目では見え ない世界を遊び心で思い巡らすことは、神の創造され た世界を思うことだ。平和だからこそ、土中の微生物や宇宙の成り立ちにも取り組める。
この世界に主の平和が満ちますように。
2015年10月4日日曜日
自らに問う。捨て切れるか?
またアメリカで銃の乱射事件が起きた。尊い命が犠牲となった。オバマ大統領は、銃の規制を強く叫ぶ。 「米国は先進国で数カ月おきに、こうした銃乱射事が 起きる世界で唯一の国だ」と。しかし、銃を捨てられない勢力は相変わらず頑固で根強い。
主イエスは、永遠の命にあずかるには片手片足を切り捨てても、と言われる。随分過激な言葉に聞こえるかもしれないが、両方を守って死に至るくらいなら、確かに片方を切り捨ててもまことの命にあずかりたい。
物事には大切な順序というものがある。一番大事なことのためには、二番目以下のことを手放すのは当然だということだ。自らに問う。捨て切れるか?
主イエスは、永遠の命にあずかるには片手片足を切り捨てても、と言われる。随分過激な言葉に聞こえるかもしれないが、両方を守って死に至るくらいなら、確かに片方を切り捨ててもまことの命にあずかりたい。
物事には大切な順序というものがある。一番大事なことのためには、二番目以下のことを手放すのは当然だということだ。自らに問う。捨て切れるか?
2015年9月27日日曜日
シンプルになる
敬老の日、幕山公園に叔母を連れだした。毎日の殆どを施設内で暮らしている叔母にとって、屋外の自然の空気は久しぶりのことだろう。緑の木立の中、川の流れの音を聞きながらしばらくベンチでくつろぐ。
「ああ、風がいい気持ち!」と叔母。「そうですね」とわたし。特に話はしない。記憶に頼る会話はむつかしい。叔母にとって、今という時が平和であればそれで十分。明日のことは煩わない。すでにすべてを主に「お任せ」の人生が始まっている。
人は歳を取ってシンプルになる。それは幼子の純真さに通じる。さて、歳に関係なく主にお任せの人生は如何?主はあなたを喜んで受け入れてくださる。
「ああ、風がいい気持ち!」と叔母。「そうですね」とわたし。特に話はしない。記憶に頼る会話はむつかしい。叔母にとって、今という時が平和であればそれで十分。明日のことは煩わない。すでにすべてを主に「お任せ」の人生が始まっている。
人は歳を取ってシンプルになる。それは幼子の純真さに通じる。さて、歳に関係なく主にお任せの人生は如何?主はあなたを喜んで受け入れてくださる。
2015年9月20日日曜日
「本当の意味」で「救い」、「助けて下さい!」
主イエス・キリスト様!どうか、私を含めた、私の家族5人を、「本当の意味」で「救い」、本当の意味」で「助けて下さい!」よろしく、お願いします!
鉛筆書きのこういうハガキをだいぶ前に受け取った。知らない人からの希求の手紙だなあと思いつつ、目の前の事に追われて、つい放って置いた。
今日、返事を書いた。「『主イエス・キリストは私の救い主です』と告白するとき、あなたの求める『本 当の意味の救い』が始まります。本当の救いは『永遠 の命』を信じることです。ぜひ、お近くのルーテル教 会の礼拝に与って下さい。そこから何かが始まります。あなたとご家族のためにお祈りします」。
鉛筆書きのこういうハガキをだいぶ前に受け取った。知らない人からの希求の手紙だなあと思いつつ、目の前の事に追われて、つい放って置いた。
今日、返事を書いた。「『主イエス・キリストは私の救い主です』と告白するとき、あなたの求める『本 当の意味の救い』が始まります。本当の救いは『永遠 の命』を信じることです。ぜひ、お近くのルーテル教 会の礼拝に与って下さい。そこから何かが始まります。あなたとご家族のためにお祈りします」。
2015年9月13日日曜日
このつぎはと興味津々
目前の工事は、この夏、建物の地盤となる基礎工事をほぼ終えたらしい。掘り返し、埋め戻しの大音響の毎日だった。8月末に、でっかいキャタピラの付いたブルドーザーや首の超なが〜いクレーンが、工事後の地面の表を平らに直して次々と帰っていった。
束の間の静寂・・・猛暑日に猛暑日が続いた夏の終わりが意外にあっけなく来たのに似ている。気がつけばいつもの彼岸花が牧師館の片隅にスイスイと姿をあらわしている。もう来週は秋分の日だ!
さて、工事の方はと見ると、新しいクレーンが部品でやって来てここで組み立てられた。前にもまして強力強大だ。つぎの工事は如何にと、興味津々である。
束の間の静寂・・・猛暑日に猛暑日が続いた夏の終わりが意外にあっけなく来たのに似ている。気がつけばいつもの彼岸花が牧師館の片隅にスイスイと姿をあらわしている。もう来週は秋分の日だ!
さて、工事の方はと見ると、新しいクレーンが部品でやって来てここで組み立てられた。前にもまして強力強大だ。つぎの工事は如何にと、興味津々である。
2015年9月6日日曜日
「たった一人」を見逃すまいと祈る
いまヨーロッパ中を駆け巡っている衝撃の写真がある。ギリシャに向かう移民船がトルコ沖で沈没し、シリア難民の男児の遺体がトルコの海岸に打ち上げられた。靴をはいたまま、膝をまげて砂浜にうつ伏しているその姿はあまりにもあどけなく、可愛らしい。そして、痛々しくて胸がつぶれる悲しい写真だ。
「たった一人の子どもでも、力になれたら」と思って活動してきた。これはユニセフ親善大使を1984年から務めてきた黒柳徹子さんの直近の言葉だ。
この「たった一人」にキリストは絶えず目を注ぎ、憐れまれたと聖書は告げる。私も、目の前の手の届くところの「たった一人」を見逃すまいと祈る。
「たった一人の子どもでも、力になれたら」と思って活動してきた。これはユニセフ親善大使を1984年から務めてきた黒柳徹子さんの直近の言葉だ。
この「たった一人」にキリストは絶えず目を注ぎ、憐れまれたと聖書は告げる。私も、目の前の手の届くところの「たった一人」を見逃すまいと祈る。
( #KiyiyaVuranInsanlik というハッシュタグでTwitter を検索すると世界の人々からのツイートに触れられます。)
2015年8月30日日曜日
イエス様が手を広げて待つところ
「もうすぐ二学期。学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、学校を休んで図書館へいらっしゃい。‥‥…一日いても誰も何も言わないよ。……」これは某図書館の公式ツイッターに掲載中のツイートだ。
素直に感動した。そして『としょかんライオン』(ミシェル・ヌドーセン作/ケビン・ホークス絵)という絵本を思い出した。町の図書館に突然やって来た大きなライオンが図書館で過ごす話は、きまりを巡ってすったもんだあるものの、胸がキュンとするほど暖かい。
学校や職場、そして家に居場所がないと感じたら、その時こそ教会を思い出してほしい。ここはイエス様が手を広げて待つところ。いつでも連絡をと祈る。
素直に感動した。そして『としょかんライオン』(ミシェル・ヌドーセン作/ケビン・ホークス絵)という絵本を思い出した。町の図書館に突然やって来た大きなライオンが図書館で過ごす話は、きまりを巡ってすったもんだあるものの、胸がキュンとするほど暖かい。
学校や職場、そして家に居場所がないと感じたら、その時こそ教会を思い出してほしい。ここはイエス様が手を広げて待つところ。いつでも連絡をと祈る。
2015年8月23日日曜日
ビタミンを有り難く頂戴する
教会の横の鉢には30センチはありそうな、なが~い豆の莢(さや)がツルから何本もぶら下がっている。「十六ササゲ」だ。関東では珍しい豆だと思うが、岐阜では大正時代から、その名も「十六豆」と言って栽培してきて、今では伝統野菜の一つとなっている。
原産国はアフリカで高温、乾燥に強い。カンカン照りの毎日、鉢に土を足して、毎日水をやる。見るたびに、背丈ほど伸びたツルのいたるところ、莢豆が長々と垂れ下がっている。「まだまだ、まだまだ」と言いながら、できるだけ莢が太り、長く伸びるのを待つ。
茹でてよし、煮てもよし。この夏たっぷりのビタミンを「十六ササゲ」から、有り難く頂戴する。
原産国はアフリカで高温、乾燥に強い。カンカン照りの毎日、鉢に土を足して、毎日水をやる。見るたびに、背丈ほど伸びたツルのいたるところ、莢豆が長々と垂れ下がっている。「まだまだ、まだまだ」と言いながら、できるだけ莢が太り、長く伸びるのを待つ。
茹でてよし、煮てもよし。この夏たっぷりのビタミンを「十六ササゲ」から、有り難く頂戴する。
2015年8月16日日曜日
そこに曖昧さはない。
戦後70年目の談話を読んだ。日本が戦争に突き進んでいったその背景に、欧米諸国を始めとする植民地政策と世界恐慌後の経済のブロック化によって日本が孤立感を深めたという理由が述べられていた。
日本の戦争責任の他に、世界のとりわけ欧米の責任を匂わせる。その文章を読んで思った。アジアの国々にお詫びをするには、いささか「悔い改め」が甘すぎるのではないか?
周囲の状況、相手の正誤に関わらず、自らの有り様について「悔い改める」ことを聖書はまず説く。そこに曖昧さはない。戦争への道から踵を返して、180度反対方向を目指せ。そこに平和の主もおられる。
日本の戦争責任の他に、世界のとりわけ欧米の責任を匂わせる。その文章を読んで思った。アジアの国々にお詫びをするには、いささか「悔い改め」が甘すぎるのではないか?
周囲の状況、相手の正誤に関わらず、自らの有り様について「悔い改める」ことを聖書はまず説く。そこに曖昧さはない。戦争への道から踵を返して、180度反対方向を目指せ。そこに平和の主もおられる。
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