主イエスは、右の頬を打たれたら、左の頬を差し出し、一里を強いるものと共に二里を行くようにと言われるのだが、それは道理に合わないと主張をするのが人間である。私達は自分の正しさを主張するが、人間の正しさなどは常に相対的であって絶対的ではない。
天の父は悪人と呼ばれる人にも善人と呼ばれる人にも太陽を昇らせ、雨を降らせてくださっている。だから私達は誰もが神の前に罪人(悪人)であることを悟る時、もはや仲間か敵かと区別すること自体が意味をなさなくなるのである。
私達は神の前に等しく罪人であり、主イエスの十字架によって赦された者同士に違いない。
2014年2月23日日曜日
2014年2月16日日曜日
思いは早くも復活祭
先週、太平洋沿岸の広い地域に雪が降った。所によっては45年ぶりの積雪だったそうだ。この湯河原の海岸付近でも、家の屋根や樹々の枝にこんもりと雪が積もった。ちょうど、わたの布団を被ったようで見ていて楽しい。暖かそうに見えるから不思議だ。
立春を過ぎてから雪が降るというのは珍しくないが、この時期、黄河流域で生まれた春が三寒四温で近づいてくる。そろそろ春の日差しが恋しい。
カレンダーを見ながら思いは早くも復活祭だ。3月9日に始まる四旬節までおよそ後一ヶ月と数え、その後、受難週を過ごして、復活祭を迎える。今年のイースター、4月20日に大きな○印をつける。
立春を過ぎてから雪が降るというのは珍しくないが、この時期、黄河流域で生まれた春が三寒四温で近づいてくる。そろそろ春の日差しが恋しい。
カレンダーを見ながら思いは早くも復活祭だ。3月9日に始まる四旬節までおよそ後一ヶ月と数え、その後、受難週を過ごして、復活祭を迎える。今年のイースター、4月20日に大きな○印をつける。
2014年2月9日日曜日
黄金の道
熱海朝祷会に出席するため、湯河原を朝7時に出発する車に同乗さていただいた。
東の海に見える島々を眺めながら海岸線を走る。丁度、昇ったばかりの太陽が光の粒を波間にキラキラ反射させながらしだいに水平線から離れていくところだ。
見ると、見事な黄金の道がこちらに向かって一直線に延びているではないか!
この道路のすぐ上のホームにおられるTさんは、毎朝この黄金の道を眺めるという。頂いた手紙には「イエス様に従って、神の国へ行く黄金の道なんだと…私は勝手に思って祈ります」とあった。Tさん、この黄金の道を見て、私も思わず祈りたくなりました。
東の海に見える島々を眺めながら海岸線を走る。丁度、昇ったばかりの太陽が光の粒を波間にキラキラ反射させながらしだいに水平線から離れていくところだ。
見ると、見事な黄金の道がこちらに向かって一直線に延びているではないか!
この道路のすぐ上のホームにおられるTさんは、毎朝この黄金の道を眺めるという。頂いた手紙には「イエス様に従って、神の国へ行く黄金の道なんだと…私は勝手に思って祈ります」とあった。Tさん、この黄金の道を見て、私も思わず祈りたくなりました。
2014年2月2日日曜日
忘れまい
朝起きて使う水の冷たさに思わず身震いする。大寒の今日、さもありなんだと思う。有り難いことは、この寒さに反比例するように日差しが着実に長くなってきたことだ。天気さえ良ければ、窓ぎわはぽかぽかと春の暖かさだ。
この時期、特に気温と日照時間との関係にやけに公平さを感じるのは私ばかりではないだろう。この大自然のサイクルも神の創造の御手による。神は、この神の恵みである地球のすべてを人に託された。所有者ではなく、よき管理人としてであることを忘れまい。
東京都都知事選が告示された。原発の継続か脱却かが争点とも言われる。真摯な関心を持って見守る。
この時期、特に気温と日照時間との関係にやけに公平さを感じるのは私ばかりではないだろう。この大自然のサイクルも神の創造の御手による。神は、この神の恵みである地球のすべてを人に託された。所有者ではなく、よき管理人としてであることを忘れまい。
東京都都知事選が告示された。原発の継続か脱却かが争点とも言われる。真摯な関心を持って見守る。
2014年1月26日日曜日
人間の選びとはまったくちがう
主イエスは、正統派の人々からさげすまれた土地であったガリラヤの漁師たちを最初の弟子とされた。人間的に見れば、世界宣教の担い手が、貧しく、無学であるのはおよそふさわしいこととは言えないだろう。
しかし、主イエスはこのふさわしくない者を選ぶのである。神の選びは人間の選びとはまったくちがう。
ふさわしくない私たちが召命によって集められたのが教会である。ある説教者がこう言っている「この私だって全くふさわしくないのに選ばれて、神がなおも用いてくださっている」そういう謙虚さを持ってお互いに受け入れ合わなければ、召命だけで成り立っている教会の世界は立ちゆかなくなる。」
しかし、主イエスはこのふさわしくない者を選ぶのである。神の選びは人間の選びとはまったくちがう。
ふさわしくない私たちが召命によって集められたのが教会である。ある説教者がこう言っている「この私だって全くふさわしくないのに選ばれて、神がなおも用いてくださっている」そういう謙虚さを持ってお互いに受け入れ合わなければ、召命だけで成り立っている教会の世界は立ちゆかなくなる。」
2014年1月19日日曜日
確かに力が湧いてきた
さきごろ、浜松の小学校で児童1,000人を越えるノロウイルスの集団感染が伝えられた。「ノロウイルスの集団感染・・・さぞ大変だろう」と思う。
そういう私も昨年、あろうことか、クリスマス直前に牡蠣の生食によってノロウイルスにかかった当の本人である。クリスマスには受洗式も予定されていた。
折しも教会は聖書研究・祈祷会の日で、早速、私のために信徒祈祷会がもたれた。床に突っ伏しながら、不思議なことに自分の体に友の祈りがビンビンと響いてきた。祈りに治癒力があるかどうか分からないが、確かに力が湧いてきた。昨年の教会の主題「祈り」の締めくくりにふさわしい。今更ながらにありがたい。
そういう私も昨年、あろうことか、クリスマス直前に牡蠣の生食によってノロウイルスにかかった当の本人である。クリスマスには受洗式も予定されていた。
折しも教会は聖書研究・祈祷会の日で、早速、私のために信徒祈祷会がもたれた。床に突っ伏しながら、不思議なことに自分の体に友の祈りがビンビンと響いてきた。祈りに治癒力があるかどうか分からないが、確かに力が湧いてきた。昨年の教会の主題「祈り」の締めくくりにふさわしい。今更ながらにありがたい。
2014年1月12日日曜日
主も新しいスタートを切られた
今週5日から寒に入った。これからしばらくは一年中で一番寒い季節が続く。今日はこの冬一番の寒さだという。小田原への道中、丹沢の山々は雪の薄化粧で新春にふさわしく麗々しい。
しかし、ここ湯河原の冬は今まで住んでいた東京の寒さに比べると、格段の暖かさだ。牧師館の小さな庭には水仙が満開。妻が切り花にして、ガラスのコップに挿して食卓テーブルに置いた。
水仙の良い香りもまた新たな出発への力をみなぎらせてくれる。1月12日は主イエスの洗礼日である。公生涯に臨まれるにあたり、主も新しいスタートを切られた。人類の救いに至るスタートである。
しかし、ここ湯河原の冬は今まで住んでいた東京の寒さに比べると、格段の暖かさだ。牧師館の小さな庭には水仙が満開。妻が切り花にして、ガラスのコップに挿して食卓テーブルに置いた。
水仙の良い香りもまた新たな出発への力をみなぎらせてくれる。1月12日は主イエスの洗礼日である。公生涯に臨まれるにあたり、主も新しいスタートを切られた。人類の救いに至るスタートである。
2014年1月5日日曜日
詩篇の喜びと希望を胸に
2014年、新しい年を迎えた。新しい年の抱負やチャレンジが頭をよぎる。しかし、人の計画は、得てして「独り善がり」になりがちなもの。
昨年を振り返って、自分では気が進まないことの中に、むしろ神の愛の計画があったと知らされる。御言葉に聞き、人の話に耳を傾けることの中にこそ、恵みが隠されていた。「主のみ心にかないますように」。そして「主よ、お用い下さい」と、祈る。
「主の教えを愛し その教えを昼も夜も口ずさむ人。その人は流れのほとりに植えられた木。時が巡りくれば実を結び 葉も萎れることがない」。この詩篇の喜びと希望を胸に、新年をスタートしよう。
昨年を振り返って、自分では気が進まないことの中に、むしろ神の愛の計画があったと知らされる。御言葉に聞き、人の話に耳を傾けることの中にこそ、恵みが隠されていた。「主のみ心にかないますように」。そして「主よ、お用い下さい」と、祈る。
「主の教えを愛し その教えを昼も夜も口ずさむ人。その人は流れのほとりに植えられた木。時が巡りくれば実を結び 葉も萎れることがない」。この詩篇の喜びと希望を胸に、新年をスタートしよう。
2013年12月29日日曜日
このぬくもりを再度届けたい
こんなに冷え込んだ夜の翌日は快晴だと聞いた。案の定、朝日が昇って牧師館の樅の木を輝かせ始めた。
「朝日は昇りて、世を照らせり。暗きに住む人、来たり仰げ・・」と讃美歌が口をついて出た。
クリスマスから今日で3日が経った。赤ちゃんのイエス様を囲むヨセフとマリアの暖かな家庭の情景が思われた。家族が集う年末年始、折しも帰省ラッシュのニュースが流れる。
クリスマスが、24日のケーキとシャンパンと共に、一瞬のうちに過去のものとなった方もおられよう。だが、主イエスは私たちのもとに来られ、年の瀬の今も一緒にいてくださる。このぬくもりを再度届けたい。
「朝日は昇りて、世を照らせり。暗きに住む人、来たり仰げ・・」と讃美歌が口をついて出た。
クリスマスから今日で3日が経った。赤ちゃんのイエス様を囲むヨセフとマリアの暖かな家庭の情景が思われた。家族が集う年末年始、折しも帰省ラッシュのニュースが流れる。
クリスマスが、24日のケーキとシャンパンと共に、一瞬のうちに過去のものとなった方もおられよう。だが、主イエスは私たちのもとに来られ、年の瀬の今も一緒にいてくださる。このぬくもりを再度届けたい。
2013年12月22日日曜日
「榊」でクリスマスの飾り付けもありかも
戦後、日本にクリスマスの習慣が急速に広がった。当時、多くの日本人は、クリスマスがキリストの降誕祭であることを知らなかったに違いない。
ある人が子供の頃、クリスマスツリーを飾ろうと、樅の木を求めた。ところが当時、何処にも樅の木は売っていない。近所のおばさんが、それならと言って榊をくれたそうだ。「これも神様の木だから」と。
常緑樹はキリストの「永遠のいのち」を象徴する。ヨーロッパでは厳しい寒さの中でも葉を落とさない樅の木がクリスマスの木として尊ばれた。とすれば、日本ではいつもつやつやとした緑の葉っぱの、成長も速い「榊」でクリスマスの飾り付けも悪くはないか!
ある人が子供の頃、クリスマスツリーを飾ろうと、樅の木を求めた。ところが当時、何処にも樅の木は売っていない。近所のおばさんが、それならと言って榊をくれたそうだ。「これも神様の木だから」と。
常緑樹はキリストの「永遠のいのち」を象徴する。ヨーロッパでは厳しい寒さの中でも葉を落とさない樅の木がクリスマスの木として尊ばれた。とすれば、日本ではいつもつやつやとした緑の葉っぱの、成長も速い「榊」でクリスマスの飾り付けも悪くはないか!
2013年12月15日日曜日
そうしたらフッと楽になり
電話を頂いた。「このところ毎日辛くて仕方がない。どうしても持ちこたえることが出来ないと思った時、天の父も自分と同じ苦しみを味わっていてくださると思えた。そうしたらフッと楽になり、涙が出てきて仕方がなかった。お陰で、涙を拭ってその日の午後いっぱいを働き通すことができた」。
この方も、苦しい、辛い現実を抱えて生きている。このような人がどれほど多いかということを思う。
クリスマス、この人たちのもとにこそイエスは生まれてくださるに違いない。礼拝に集ってほしい。そこでこそ、インマヌエルの主、我々と共におられる神に出会えるのだから。
この方も、苦しい、辛い現実を抱えて生きている。このような人がどれほど多いかということを思う。
クリスマス、この人たちのもとにこそイエスは生まれてくださるに違いない。礼拝に集ってほしい。そこでこそ、インマヌエルの主、我々と共におられる神に出会えるのだから。
2013年12月8日日曜日
融和の道を
南アフリカで同国初の黒人大統領となり、ノーベル平和賞も受賞したネルソン・マンデラ氏が5日夜、ヨハネスブルクの自宅から天に召された。95歳だった。
44歳から27年間に及ぶ投獄生活。「決して忘れられないが、赦せる」と微笑んで語る彼には三つの支えがあったという。一つは目標。アパルトヘイト(人種隔離)政策を撤廃して白人と黒人が対等に生きるようにすること。もう一つは友人がいたこと。そして、「キリスト教の信仰があったこと」の三つである。
米国の公民権法成立が1964年。南アのアパルトヘイト撤廃が1994年。主イエスが示された融和の道を人類は歩んでいる。私達もこの道をさらに進もう。
44歳から27年間に及ぶ投獄生活。「決して忘れられないが、赦せる」と微笑んで語る彼には三つの支えがあったという。一つは目標。アパルトヘイト(人種隔離)政策を撤廃して白人と黒人が対等に生きるようにすること。もう一つは友人がいたこと。そして、「キリスト教の信仰があったこと」の三つである。
米国の公民権法成立が1964年。南アのアパルトヘイト撤廃が1994年。主イエスが示された融和の道を人類は歩んでいる。私達もこの道をさらに進もう。
2013年12月1日日曜日
そんな王がやってこられた
ロバは予想外に小さな動物だ。大人がまたがると足先は地面からいくらもない。子ロバにまたがった主の姿はお世辞にも格好がよいとは言えなかっただろう。
ロバの子にのって、穏やかに主イエスはエルサレムの都に入城された。人々はほとんど同じ目の高さで主を出迎えただろう。見あげるのでもなく、見おろすのですのでもない。そんな王がやってこられた。
その一週間後には、主イエスは私たちの罪をその身に引き受けて、十字架につけられることになる。
12月1日から待降節が始まる。固い決意を持って、すべての人の救いのために、死を覚悟して、エルサレムに入城された王の心を想う時節である。
ロバの子にのって、穏やかに主イエスはエルサレムの都に入城された。人々はほとんど同じ目の高さで主を出迎えただろう。見あげるのでもなく、見おろすのですのでもない。そんな王がやってこられた。
その一週間後には、主イエスは私たちの罪をその身に引き受けて、十字架につけられることになる。
12月1日から待降節が始まる。固い決意を持って、すべての人の救いのために、死を覚悟して、エルサレムに入城された王の心を想う時節である。
2013年11月24日日曜日
オットあぶない!
11月22日は「いい夫婦の日」だそうだ。「生まれ変わったとしたら、今のパートナーを選びますか?」というアンケート調査が行われた。男女全体では「もちろんYes」は34%だが、60代となると、男性は40%を超えるのに、女性は16%と俄然低い。ちなみに、我が妻に聞いてみた。ニッコリ笑って答えない。
オットあぶない!キリスト教に輪廻の思想はない。日曜日の説教で、「キリスト者は死んでも新しい命に生まれて、天使のようになり、娶ったり嫁いだりしない」と語ったばかりだった。一回限りの人生、この世では夫婦となった者である。互いに慈しみ、天国に希望を託そう。
オットあぶない!キリスト教に輪廻の思想はない。日曜日の説教で、「キリスト者は死んでも新しい命に生まれて、天使のようになり、娶ったり嫁いだりしない」と語ったばかりだった。一回限りの人生、この世では夫婦となった者である。互いに慈しみ、天国に希望を託そう。
2013年11月17日日曜日
「驚くばかりの恵み」と振り返る
数日前、94歳になるKさんは、部屋の中で障子に仰向けに転倒した。大きな物音に家族が駆けつけた。障子の裏側はガラス戸になっている。障子の桟もガラスも微塵に砕けた。しかし、Kさんはまったく無傷であった。神様のおかげと家族の方が語ってくれた。
夫を戦争で失い、二人の子どもを育てた。玄孫も膝に抱いた。73年の信仰の人生には色々あったことだろう。Kさんは「驚くばかりの恵み」と振り返る。
喜びも悲しみも全てをくるめて、私の人生は驚くばかりの神の恵に満ちていたと言っておられるのだと受け止めた。Kさん愛唱のアメイジンググレイス、「驚くばかりの恵み」(聖歌版)を一緒に歌った。
夫を戦争で失い、二人の子どもを育てた。玄孫も膝に抱いた。73年の信仰の人生には色々あったことだろう。Kさんは「驚くばかりの恵み」と振り返る。
喜びも悲しみも全てをくるめて、私の人生は驚くばかりの神の恵に満ちていたと言っておられるのだと受け止めた。Kさん愛唱のアメイジンググレイス、「驚くばかりの恵み」(聖歌版)を一緒に歌った。
2013年11月10日日曜日
この信頼と真っ正直こそ
最近、一流ホテルや有名百貨店のレストランの偽装メニューのニュースが目白押しである。偽装を公表した各ホテルは揃って“担当者の知識不足”などと、意図的な偽装を否定している。
けれども、食材についてはホテルの担当者間で入手の問題や、原価率について細かい意思疎通がとれているはずだ、というシェフの内部証言も出ている。
「お前は真っ正直すぎるんだ。もっとずるくならないと世間を渡っちゃ行けないよ」と、幼いころに親からはっぱをかけられたという人の話を思い出した。
しかし、主イエスは十字架に架かられた。神へのこの信頼と真っ正直こそが真の救いであることを思う。
けれども、食材についてはホテルの担当者間で入手の問題や、原価率について細かい意思疎通がとれているはずだ、というシェフの内部証言も出ている。
「お前は真っ正直すぎるんだ。もっとずるくならないと世間を渡っちゃ行けないよ」と、幼いころに親からはっぱをかけられたという人の話を思い出した。
しかし、主イエスは十字架に架かられた。神へのこの信頼と真っ正直こそが真の救いであることを思う。
2013年11月3日日曜日
私達だって同じだ
教会の花壇に、気がつけば柔らかな肥料がこんもり盛られていた。いわゆる「お礼肥(おれいごえ)」である。
これを見て、なんとなくホッとした。この夏の酷暑を思えば、いっぱいに種をつけて、咲き終えた夏の花に「ごくろうさん、ありがとう」と、ねぎらってくださるのは、ありがたい。
庭の草花を気にかけて世話をしてくれる人がいる。だから、草花は元気でいられる。私達だって同じだ。
主イエスの十字架に救われ、聖霊の慰めと励ましで私達は生かされ実を結ぶ。天の父の見守りの中で。
これを見て、なんとなくホッとした。この夏の酷暑を思えば、いっぱいに種をつけて、咲き終えた夏の花に「ごくろうさん、ありがとう」と、ねぎらってくださるのは、ありがたい。
庭の草花を気にかけて世話をしてくれる人がいる。だから、草花は元気でいられる。私達だって同じだ。
主イエスの十字架に救われ、聖霊の慰めと励ましで私達は生かされ実を結ぶ。天の父の見守りの中で。
2013年10月27日日曜日
アンパンマンにキリストを思った
絵本『アンパンマン』の作者、やなせたかしさんが亡くなった。アンパンマンは54歳の時、やなせさんが生み出した空飛ぶヒーローだ。スタートとなった絵本では砂漠で飢えて彷徨っている人に、自分の顔を食べさせる。本当の正義は必ず自分が傷つくというのがやなせさんの主張である。当初は自分の顔まで提供するのは残酷だとの感想が相次いだそうだ。
しかしその後がある。ジャムおじさんによって、再びアンパンマンの顔は修復される。復活しながら活躍するヒーローが誕生した。自分の顔を食べ物として与えるアンパンマンが、おさない子供たちは大好きだ。
このアンパンマンにキリストを思った。
しかしその後がある。ジャムおじさんによって、再びアンパンマンの顔は修復される。復活しながら活躍するヒーローが誕生した。自分の顔を食べ物として与えるアンパンマンが、おさない子供たちは大好きだ。
このアンパンマンにキリストを思った。
2013年10月20日日曜日
わが伝道もかくありたい
夜の集会のために教会の玄関扉を開けた途端、暗闇の中から見知らぬ青年がぬっと現れ、驚いた。
一昨日注文した車のカタログを届けに来たセールスマンだった。聖書研究会が始まるまで、話を聞いた。
バックモニターとカーナビ、ETC・・・と注文をいうと、iPadにデータを入れ、すぐ見積もりをだしてくれる。最新のセールススタイルに感心することしきり。
しかし、夜討ち朝駆けとばかりに、足で稼ぐ基本は同じらしい。おまけに誠実そうで爽やかな笑顔だ。
わが伝道もかくありたい。キャッチコピーは「ピカイチのキリストの福音——当方、胸を張って売り込みます」。
一昨日注文した車のカタログを届けに来たセールスマンだった。聖書研究会が始まるまで、話を聞いた。
バックモニターとカーナビ、ETC・・・と注文をいうと、iPadにデータを入れ、すぐ見積もりをだしてくれる。最新のセールススタイルに感心することしきり。
しかし、夜討ち朝駆けとばかりに、足で稼ぐ基本は同じらしい。おまけに誠実そうで爽やかな笑顔だ。
わが伝道もかくありたい。キャッチコピーは「ピカイチのキリストの福音——当方、胸を張って売り込みます」。
2013年10月13日日曜日
十字架の神秘に触れて
湯河原教会の礼拝堂には、正面いっぱいに広がる大きな十字架が、小塔に向かって伸びている。
先日のこと、礼拝堂に入って来た方が、湯河原教会の礼拝堂はよく手入れが行き届いていて、礼拝の場にふさわしい凛とした雰囲気があるということを言われた。確かに、聖壇の前に立って、白壁に焦げ茶色のシンプルで大きな十字架を見上げると迫力を感じる。
この十字架を仰ぎ、聖壇の前にひざまずくと、ひとりでに頭が下がる。
時にはこうして祈るのが良いと思う。ともすれば観念的になりやすい言葉の祈りも、十字架の神秘に触れて平安と安堵の思いに満たされるから。
先日のこと、礼拝堂に入って来た方が、湯河原教会の礼拝堂はよく手入れが行き届いていて、礼拝の場にふさわしい凛とした雰囲気があるということを言われた。確かに、聖壇の前に立って、白壁に焦げ茶色のシンプルで大きな十字架を見上げると迫力を感じる。
この十字架を仰ぎ、聖壇の前にひざまずくと、ひとりでに頭が下がる。
時にはこうして祈るのが良いと思う。ともすれば観念的になりやすい言葉の祈りも、十字架の神秘に触れて平安と安堵の思いに満たされるから。
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