2023年9月10日日曜日

主イエスが共にいてこそ

  「忠告する」というのは難しい。忠告の「忠」というのは、「真心」のこと。忠告は真心をもって、相手の悪いところを指摘して直すように勧めることだ。

 多くの場合、私たちは真心からというより義さから忠告をしようとする。この裁きの過ちに陥らないように主イエスは、まず祈ることを勧めてくださった。「「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである(マタイ18:20)」と。

 密室の祈りと呼ばれる一人の祈りは大事だ。しかし、気をつけないと独善になりやすく、願いばかりが先行する。二人、三人での祈りは自分が謙遜にさせられる。主が一緒にいてくださるからだ。主の憐れみを、みんな共に受ける豊かさへと導かれる。