「今日、ぶどう園へ行って働きなさい」と言われたらどうだろうか?家人に聞いてみた。「突然言われるのは、イヤですよ」という答えが返ってきた。
そうなのだ、この二人の息子たちも「No」なのだ。けれども、弟は父の手前を取り繕って「Yes」と答えた。
しかし、本音は「No」なのだから、行かなかった。兄は「No」と答えたが、思い直して、ぶどう園へ行って働いた。父の心にかなったのはもちろん兄である。
もう一方で、この主のたとえには「人に自分を取り繕うことはない」というメッセージがあるように思える。自分をよく見せかけようとしないで、素直に「NoはNoと言っても良い」のだと。あるがままの自分から初めて、本当に主とつながる。それで良いのだと。