「今の俺、俺は俺でもこの俺は、彼知りし後の俺でない俺」このように色紙に書いてくださったのは牧師であり神学者であった渡辺善太先生だった。
若い時は大酒飲みでさんざん道楽の限りを尽くしたという先生は、イエス・キリストに救われて人生が一変した。その後の人生をキリスト教伝道に捧げられた。
私はひねくれ者の中学生だったころ、先生にお会いしたことがある。ずいぶんご高齢だったと思うが、優しい目と、豪快な笑い顔を覚えている。その日、自分が、救われて、回心した晩年の「放蕩息子」に出会っていたことを思った。受洗記念の聖書に「踏み迷うともこの道を行く ただ主にありて ただ主にありて」と記した。
2019年3月31日日曜日
2019年3月24日日曜日
涙するほど有り難い
主人は園庭に言う「実のならないいちじくの木は土地の無駄だから切ってしまえ。土地は有効利用すべきだ」。それは合理的でもっともな考え方だ。それなら最初に切られてしまうのはこの私かもしれないと思う。
しかし、園庭は主人に向かって懇願してくれる。「肥料をやってみるから切るのは待って。来年、実がなるかもしれない。」この園庭の温情は涙するほど有り難い。
しかしこの木、次の年も実を付けられないかもしれない。それでもこの園庭は肥料をやるので来年まで待ってと懇願してくれるに違いない。そして翌年も・・・。
わたし達はこの園庭の辛抱強い親心に育てられているいちじくの木だということを溢れる感謝で思う。
しかし、園庭は主人に向かって懇願してくれる。「肥料をやってみるから切るのは待って。来年、実がなるかもしれない。」この園庭の温情は涙するほど有り難い。
しかしこの木、次の年も実を付けられないかもしれない。それでもこの園庭は肥料をやるので来年まで待ってと懇願してくれるに違いない。そして翌年も・・・。
わたし達はこの園庭の辛抱強い親心に育てられているいちじくの木だということを溢れる感謝で思う。
2019年3月17日日曜日
主よ、憐れんでください
緑が萌えいでたばかりのパレスチナの路傍に盲人は座って物乞いをしていた。行列の足音が近づいてきた。
ナザレのイエスの一行だと聞くと、彼の心にひらめくものがあった。「ダビデの家系に一つの芽が出る。その上に神の霊が宿る。その日、光は上る。盲は見え、足萎えは立ち・・・」そうか、彼こそ来るべき者だ!
盲人は叫びだした。「ダビデの子よ、憐れみ給え!」主は、この叫びに彼の信仰を認められた。彼を神の国を「見る」者とされた。
「主よ、憐れんでください」と叫ぶ者を主は必ず救われる。ルターは「私は神の乞食」と言った。「主よ、憐れんでください」。この言葉をしみじみと味わう。
ナザレのイエスの一行だと聞くと、彼の心にひらめくものがあった。「ダビデの家系に一つの芽が出る。その上に神の霊が宿る。その日、光は上る。盲は見え、足萎えは立ち・・・」そうか、彼こそ来るべき者だ!
盲人は叫びだした。「ダビデの子よ、憐れみ給え!」主は、この叫びに彼の信仰を認められた。彼を神の国を「見る」者とされた。
「主よ、憐れんでください」と叫ぶ者を主は必ず救われる。ルターは「私は神の乞食」と言った。「主よ、憐れんでください」。この言葉をしみじみと味わう。
2019年3月10日日曜日
40回の感謝はどうだろう
四旬節が始まった。キリスト者が四旬節に断食や節制をするという習わしは主イエスの荒野の体験にさかのぼる。自分たちも主の断食と祈りの体験に倣いたいという思いから自然におこってきたものだ。
私たちはどうしても日々の必要に迫られ、この世の力を求め、誘惑され、心を奪われてしまう。目先のことや身近なものの向こうにある神の国を望むことが苦手だ。主に委ねて楽になってみると魂の目が開く。
私たちは何と多くの赦しをいただき、助けをいただき、恵をいただいていることか!だから、四旬節は恵を分かち、感謝を数えて過ごしたい。一日1つでも40回の祝福、40の感謝っていうのはどうだろう?
私たちはどうしても日々の必要に迫られ、この世の力を求め、誘惑され、心を奪われてしまう。目先のことや身近なものの向こうにある神の国を望むことが苦手だ。主に委ねて楽になってみると魂の目が開く。
私たちは何と多くの赦しをいただき、助けをいただき、恵をいただいていることか!だから、四旬節は恵を分かち、感謝を数えて過ごしたい。一日1つでも40回の祝福、40の感謝っていうのはどうだろう?
2019年3月3日日曜日
チラッと見えた
主は、ご自分が時の権力者たちから排斥されて殺されるとペトロたちに告げられた。ペトロたちの不安と恐れは次第に大きくなっていったに違いない。
その暗闇に光を放つため、主はペトロたちを連れて祈るために山に登られた。ペトロたちがそこで見たものは、主イエスの輝くばかりの御姿である。
暗闇を見つめて不安に頭を垂れる私たちに、主は天に風穴を開けて、天国の栄光をチラッと見せてくださる。救いは私たちの頭の中にあるのではなく、上にあるのだ。頭を起こして、天を見上げよ!主を見上げよ!きっと、安心・・安心・・ああ安心・・・聖霊のささやきが聞こえてくる。
その暗闇に光を放つため、主はペトロたちを連れて祈るために山に登られた。ペトロたちがそこで見たものは、主イエスの輝くばかりの御姿である。
暗闇を見つめて不安に頭を垂れる私たちに、主は天に風穴を開けて、天国の栄光をチラッと見せてくださる。救いは私たちの頭の中にあるのではなく、上にあるのだ。頭を起こして、天を見上げよ!主を見上げよ!きっと、安心・・安心・・ああ安心・・・聖霊のささやきが聞こえてくる。
2019年2月24日日曜日
快挙だ!
はやぶさ2が小惑星リュウグウにタッチダウンして、土の塵や石を採集するのに成功した。快挙だ!
リユウグウは46億年前にできた太陽系初期の情報を多く保っていると言われている。地球に生きる私たちのような生命を造る元となった材料がどんなものであったのか?その謎を解く手がかりがつかめるかもしれないという。リュウグウには生命の源となる有機物と水の存在が予想されているからだ。
「地下から湧きでた水が土の面をすべて潤した。神はその土の塵で私たちを造った」と聖書は言う。生命の材料は塵と水!聖書はそこに神の息を加える。創造の不思議に科学は畏敬を持ってまた一歩近づいた。
リユウグウは46億年前にできた太陽系初期の情報を多く保っていると言われている。地球に生きる私たちのような生命を造る元となった材料がどんなものであったのか?その謎を解く手がかりがつかめるかもしれないという。リュウグウには生命の源となる有機物と水の存在が予想されているからだ。
「地下から湧きでた水が土の面をすべて潤した。神はその土の塵で私たちを造った」と聖書は言う。生命の材料は塵と水!聖書はそこに神の息を加える。創造の不思議に科学は畏敬を持ってまた一歩近づいた。
2019年2月17日日曜日
落っこちたなら
ブリューゲルの描いた絵画「盲人が盲人の道案内をする寓話」の写真を見た。てっきり二人だと思っていたが、ブルーゲルはそこに6人の盲人を描いていた。
先頭の一人はすでに水の溜まった溝に落っこちている。2番目は危うく落っこちる寸前である。3番目は両足が爪先立って、すでにバランスを崩している。4番目は危険を察知したかのような顔つきだ。5番目と6番目はまだ危険に気づいていない。
導く盲人も、導かれてゆく盲人もこの私自身だ。自分に頼る限り、6段階の危険のどこかに私はいつもいるのではないだろうか?だが、落っこちたなら、なりふり構わず叫ぶ。「主よ、お助けください!」と。
先頭の一人はすでに水の溜まった溝に落っこちている。2番目は危うく落っこちる寸前である。3番目は両足が爪先立って、すでにバランスを崩している。4番目は危険を察知したかのような顔つきだ。5番目と6番目はまだ危険に気づいていない。
導く盲人も、導かれてゆく盲人もこの私自身だ。自分に頼る限り、6段階の危険のどこかに私はいつもいるのではないだろうか?だが、落っこちたなら、なりふり構わず叫ぶ。「主よ、お助けください!」と。
2019年2月10日日曜日
あのひと時は
インフルエンザの流行で問安を諦めていた先週のこと、久しぶりの方々が訪れてくださった。
どの方もこの曜日、この時間なら牧師はいるに違いないと、私の予定を知って来られた。中には「電話がつながれば来る。もし、つながらなければ諦めよう。それは神の時ではないからだ」と、賭けをするような気持ちの方もおられた。教会への電話はいつでも牧師につながることの大切さを改めて思う。
どの方もキリストの暖かさに触れたくてこられた。しばし、お話に耳を傾ける。折しも季節は一番寒い時だ。外気は冷たい。主と共に、一杯のお茶で過ごしたひと時は、あなたを暖かく包んでくれただろうか・・・
どの方もこの曜日、この時間なら牧師はいるに違いないと、私の予定を知って来られた。中には「電話がつながれば来る。もし、つながらなければ諦めよう。それは神の時ではないからだ」と、賭けをするような気持ちの方もおられた。教会への電話はいつでも牧師につながることの大切さを改めて思う。
どの方もキリストの暖かさに触れたくてこられた。しばし、お話に耳を傾ける。折しも季節は一番寒い時だ。外気は冷たい。主と共に、一杯のお茶で過ごしたひと時は、あなたを暖かく包んでくれただろうか・・・
2019年2月3日日曜日
きっと見いだせるに違いない
「青い鳥はどこにいるの、青い鳥さえ捕まえられたら幸福になれるのに」。チルチルとミチルの兄妹は幸福の青い鳥を探して旅に出る。青い鳥は手に入らない。しかし、自分が飼っていた鳥が青い鳥だったと気づく。幸福は身近なところにあるというメーテルリンクの示唆に富んだ思想だ。
わたしも幸いを求めて、「キリスト」にお会いすべく旅に出る・・・ちょっと、カッコイイ!
火や水や光の精、イヌやネコと一緒に「キリスト」を探す旅に、さあ、出かけよう!
私たちの只中に、もっとも小さくされた者の中に、きっとキリストを見いだせるに違いない。
わたしも幸いを求めて、「キリスト」にお会いすべく旅に出る・・・ちょっと、カッコイイ!
火や水や光の精、イヌやネコと一緒に「キリスト」を探す旅に、さあ、出かけよう!
私たちの只中に、もっとも小さくされた者の中に、きっとキリストを見いだせるに違いない。
2019年1月27日日曜日
決して徒労に終わらない
一年で一番寒いこの時期、「は~るよ来い、は~やくこい!」と、春の来るのが待ち遠しい。
我が家の外には一匹の地域猫が住み着いている。冬の寒さは外猫には厳しい。このところくしゃみと鼻水で可愛そうだと、早速ホッカイロを買い、猫ハウスに入れてやる。心なしか鼻水が止まったようだ。
猫ばかりではない。庭のすみれは寒さに耐えて花をつけ、菊の花も霜枯れした葉っぱの中で「まだまだ」っと頑張っている。春を待つ、祈って待つ・・・。
待つ心は、どこか信仰に通じている。「おことばですから」と従ったペトロにおびただしい魚をもって応えられた主を待つ。宣教は決して徒労に終わらない。
我が家の外には一匹の地域猫が住み着いている。冬の寒さは外猫には厳しい。このところくしゃみと鼻水で可愛そうだと、早速ホッカイロを買い、猫ハウスに入れてやる。心なしか鼻水が止まったようだ。
猫ばかりではない。庭のすみれは寒さに耐えて花をつけ、菊の花も霜枯れした葉っぱの中で「まだまだ」っと頑張っている。春を待つ、祈って待つ・・・。
待つ心は、どこか信仰に通じている。「おことばですから」と従ったペトロにおびただしい魚をもって応えられた主を待つ。宣教は決して徒労に終わらない。
2019年1月20日日曜日
フットワークが良くなってきたぞ
主イエスが故郷のナザレで福音を述べる。すると人々は「この人はヨセフの子ではないか」と言う。つまり、彼はこの村の大工ヨセフの子だから、彼が何者なのかを我々は知っているというのだ。
固定観念と先入観は枷となって彼らの心を縛る。せっかくの恵は彼らから遠ざかってしまった。
「自分は知っている、わかっている」と思うようになったら黄色信号かもしれない。知らないこと、知りえないことは多々ある。「決めつけない」と自戒する。
この固定観念と先入観という枷を主イエスは打ち砕いて自由の身にしてくださる。フットワークが良くなってきたぞ。この軽さよ!この恵よ!
固定観念と先入観は枷となって彼らの心を縛る。せっかくの恵は彼らから遠ざかってしまった。
「自分は知っている、わかっている」と思うようになったら黄色信号かもしれない。知らないこと、知りえないことは多々ある。「決めつけない」と自戒する。
この固定観念と先入観という枷を主イエスは打ち砕いて自由の身にしてくださる。フットワークが良くなってきたぞ。この軽さよ!この恵よ!
2019年1月13日日曜日
「見よ、わたしの僕を!」と
今日は主イエスが水と聖霊による洗礼を受けられた日だ。主の洗礼は、主と同じ洗礼を受ける私たちをも「神の子」としてくれる。「見よ、わたしの僕・・・わたしが選び、喜び迎える者を」(イザヤ書42:1)と天父は高らかに宣言される。
いただいた年賀状に「人生100年時代になり、気合を入れ直して日曜礼拝に出席し、感謝と反省をしながら、健康で元気に過ごしたいと思います。・・・周りに迷惑をかけずに明るく、楽しく生活できることを願っています」とあった。実に明るく前向きだ。
「見よ、わたしの僕」と迎えてくださる神の喜びがこの挨拶を通じて響いてきた。オッ、元気がでる!
いただいた年賀状に「人生100年時代になり、気合を入れ直して日曜礼拝に出席し、感謝と反省をしながら、健康で元気に過ごしたいと思います。・・・周りに迷惑をかけずに明るく、楽しく生活できることを願っています」とあった。実に明るく前向きだ。
「見よ、わたしの僕」と迎えてくださる神の喜びがこの挨拶を通じて響いてきた。オッ、元気がでる!
2019年1月6日日曜日
ノックアウトされてしまった
イギリスのロック・バンド、クイーンを題材とした映画『ボヘミアンラプソディ』はまさに感動的だ!
特に、1985年のライヴエイドのクイーンの演奏を忠実に再現した最後の20分間は息がつまりそう。涙も出てきてしまいそう。ライヴエイドは「アフリカ難民救済」への20世紀最大のチャリティーコンサートだった。
彼は歌う。「母さん、たった今、僕は人を殺してきたんだよ…母さん、僕の人生は始まったばかりだったのに…」思わず引き込まれる。「僕なんて、生まれてこなきゃよかった…」痛々しい罪の告白、赤裸々な懺悔に心打たれる。母ならぬ天父の前に打ちひしがれるこの魂の純粋さに私は完全にノックアウトされてしまった。
特に、1985年のライヴエイドのクイーンの演奏を忠実に再現した最後の20分間は息がつまりそう。涙も出てきてしまいそう。ライヴエイドは「アフリカ難民救済」への20世紀最大のチャリティーコンサートだった。
彼は歌う。「母さん、たった今、僕は人を殺してきたんだよ…母さん、僕の人生は始まったばかりだったのに…」思わず引き込まれる。「僕なんて、生まれてこなきゃよかった…」痛々しい罪の告白、赤裸々な懺悔に心打たれる。母ならぬ天父の前に打ちひしがれるこの魂の純粋さに私は完全にノックアウトされてしまった。
2018年12月30日日曜日
お互いに感謝し合いたい
キリスト者にとって新年はすでに始まっていますが、この一年の最後の主日にあたって、お互いに感謝し合いたいです。
私たちは、もちろん完全ではありませんから、問題もあったでしょうし、身体も、心も限界を抱えていて、迷惑をかけ合ったり、ちょっと冷たかったりしたこともあったんじゃぁないかなぁ。
しかし、この一年、主キリストが、この湯河原教会を守り、導いてくださった。これは事実です。
そして、私たちのうちに聖霊が働いて、お互いに支え合い、祈り合って、今日を迎えているのも事実です。一年の終わりに、お互いに感謝し合いたいと思います。
私たちは、もちろん完全ではありませんから、問題もあったでしょうし、身体も、心も限界を抱えていて、迷惑をかけ合ったり、ちょっと冷たかったりしたこともあったんじゃぁないかなぁ。
しかし、この一年、主キリストが、この湯河原教会を守り、導いてくださった。これは事実です。
そして、私たちのうちに聖霊が働いて、お互いに支え合い、祈り合って、今日を迎えているのも事実です。一年の終わりに、お互いに感謝し合いたいと思います。
2018年12月23日日曜日
光が広がっていく
冬至に向かう日々、宵闇が次第に早くなっていって、闇の広がりを肌で感じる。しかし、そんな1年の最後の時期に、わたしたちはクリスマスを祝う。
冬至を境にクリスマスの後は一日一日と光が広がっていく。クリスマスの日にちを決めた古代教会の人々は、こういう神がお造りになった自然の摂理をよく見定めたに違いない。
「人間を照らす光」として、神のひとり子イエスさまがわたしたちの内に来られた。この光はこれから一日一日と広がっていく。
ようこそ、暗闇を照らす真の光!おめでとうクリスマス!心からクリスマスをお祝いします。
冬至を境にクリスマスの後は一日一日と光が広がっていく。クリスマスの日にちを決めた古代教会の人々は、こういう神がお造りになった自然の摂理をよく見定めたに違いない。
「人間を照らす光」として、神のひとり子イエスさまがわたしたちの内に来られた。この光はこれから一日一日と広がっていく。
ようこそ、暗闇を照らす真の光!おめでとうクリスマス!心からクリスマスをお祝いします。
2018年12月16日日曜日
恵みを数えられたらいいなぁ
晴天の今朝、目の前に雪の富士山が突如現れた。小田原の巡礼街道のけやき並木が落葉したからだ。
目に前の木々の葉が無くなって初めて、ああ、富士山はここから見えていたんだと気づいた。日常のこういう経験は、神様の恵みへの気づきにも通じている。
日々の生活の中に、恵みを数えられたらいいなぁ。
「今年ももう終わるね。この一年、何をしてどう過ごしてきたんだろう?クリスマスがもう来るね。良いクリスマスが迎えられるといいな。争いは終わるよ、私たちが願いさえすれば・・・」。
ジョンレノンとヨーコの「ハッピークリスマス」がしきりに思い浮かぶアドベントの3週だ。
目に前の木々の葉が無くなって初めて、ああ、富士山はここから見えていたんだと気づいた。日常のこういう経験は、神様の恵みへの気づきにも通じている。
日々の生活の中に、恵みを数えられたらいいなぁ。
「今年ももう終わるね。この一年、何をしてどう過ごしてきたんだろう?クリスマスがもう来るね。良いクリスマスが迎えられるといいな。争いは終わるよ、私たちが願いさえすれば・・・」。
ジョンレノンとヨーコの「ハッピークリスマス」がしきりに思い浮かぶアドベントの3週だ。
2018年12月9日日曜日
主の三様の到来
待降節第2週、クリスマスはもう目の前に。待降節はただ単にクリスマスの準備をする季節ではないと思う。「イエスが来られる」ことの意味を味わう時だ。
「2000年前に来られたイエス」「世の終わりに再び来られるイエス」そして、日々の暮らしで最も大切な「今、私達の生活の中に来てくださるイエス」だ。
ヨハネは今日、「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」と言う。「主の道」とはただ主が来られる道ではなく、私達が主とともに歩んでいく道でもあるはず。
ひれ伏して思わず叫ぶ。「主よ、私の中の曲がった道をまっすぐに、凸凹道を平らにしてください!」。
「2000年前に来られたイエス」「世の終わりに再び来られるイエス」そして、日々の暮らしで最も大切な「今、私達の生活の中に来てくださるイエス」だ。
ヨハネは今日、「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」と言う。「主の道」とはただ主が来られる道ではなく、私達が主とともに歩んでいく道でもあるはず。
ひれ伏して思わず叫ぶ。「主よ、私の中の曲がった道をまっすぐに、凸凹道を平らにしてください!」。
2018年12月2日日曜日
愛猫ティティー
猫のティティーが死んだ。まだ4歳半の短い生涯を可愛がられて走り抜けた。動物は罪を犯さないのでそのままで天国に迎えられる。だから葬儀も供養も要らない。
ティティーは4年前の夏、お隣の庭で鳴いていた子猫だ。私は捕まえようと塀から落っこちて頭を何針か縫う怪我をしたあのときの子猫だ。魚が大好きで、よく魚を買ってきては食べさせた。腫瘍ができて入院手術。一時回復したが最近は殆ど食べられなかった。
縁あって、ある寺で火葬をお願いした。初めて本堂に入った。私達はルーテル教会だと名乗って御坊さんとしばし懇談する。伽羅の香りの中、私達はティティーを本堂で見送った。主も共にいてくださった。
ティティーは4年前の夏、お隣の庭で鳴いていた子猫だ。私は捕まえようと塀から落っこちて頭を何針か縫う怪我をしたあのときの子猫だ。魚が大好きで、よく魚を買ってきては食べさせた。腫瘍ができて入院手術。一時回復したが最近は殆ど食べられなかった。
縁あって、ある寺で火葬をお願いした。初めて本堂に入った。私達はルーテル教会だと名乗って御坊さんとしばし懇談する。伽羅の香りの中、私達はティティーを本堂で見送った。主も共にいてくださった。
2018年11月25日日曜日
大失敗に苦笑したが
洗礼を受けたばかりの若い頃、教会学校の小さい子どもを受け持っていた。ある時の聖書箇所が「終末」だった。子どもたちに「終末」をどんなふうに教えたらいいのか…?第一、自分自身がわかっていない。
そこで、聖書を再現して話した。「太陽は暗くなり、星は天から落ち・・・」子どもたちは一心に聞いてくれた。話の後、子どもたちは「本当?そんなこと起こるの?」と不安そうに聞いた。聖書に書いてあるのだから嘘とも言えない。「本当だよ」と私は答えた。
後日、子どもの親から電話があった。「子どもが怖がっている」と。当時は大失敗に苦笑したが、今ならわかる言葉で主の愛による希望の完成を語りたい。
そこで、聖書を再現して話した。「太陽は暗くなり、星は天から落ち・・・」子どもたちは一心に聞いてくれた。話の後、子どもたちは「本当?そんなこと起こるの?」と不安そうに聞いた。聖書に書いてあるのだから嘘とも言えない。「本当だよ」と私は答えた。
後日、子どもの親から電話があった。「子どもが怖がっている」と。当時は大失敗に苦笑したが、今ならわかる言葉で主の愛による希望の完成を語りたい。
2018年11月18日日曜日
真心ささげて
この頃は日が沈むと、空気は途端に冷え冷えとしてくる。気がつけば牧師館の庭に白と薄桃色の混じり合った山茶花が咲いていた。山茶花は晩秋の花で今が盛りだ。このところ一足飛びに秋が深まったと感じる。
この季節の変化に引き寄せられて、カレンダーを確認する。・・・11月もあと2週間か!すぐ目の前に待降節が始まり、そしてクリスマスを迎える。今年いただいた多くの気づきに感謝しながら、今年はどんなクリスマスを迎えようか・・・と思い巡らしてみる。
貧しい我が身に余りある恵を数えた。できれば真心の感謝を捧げるクリスマスがいいな。この寡婦のように。私にとってのレプトン2枚。真心のレプトン。(マルコ12:41〜44)
この季節の変化に引き寄せられて、カレンダーを確認する。・・・11月もあと2週間か!すぐ目の前に待降節が始まり、そしてクリスマスを迎える。今年いただいた多くの気づきに感謝しながら、今年はどんなクリスマスを迎えようか・・・と思い巡らしてみる。
貧しい我が身に余りある恵を数えた。できれば真心の感謝を捧げるクリスマスがいいな。この寡婦のように。私にとってのレプトン2枚。真心のレプトン。(マルコ12:41〜44)
2018年11月11日日曜日
もう待ったなしだ
立冬だと言うのに、夏日となったというニュースだ。この夏の猛暑といい、気候変動が気になってくる。この冬は暖冬だと予想されているが、温かい冬は過ごしやすいなどと言って喜んではいられない。
NHKテレビ、『クローズアップ現代』を見た。近年急速に海がプラスティックごみで汚染されてきているという。それも21世紀が始まってからのわずか18年間で、それまでの汚染の量を遥かに上回ってしまったという。それを知って、唖然となる。
海洋汚染はもう待ったなしだ。とにかく自分にもやれることをしよう。そう決めた。これまでのマイバッグに加えて、マイバスケットを購入した。3個もだ!
NHKテレビ、『クローズアップ現代』を見た。近年急速に海がプラスティックごみで汚染されてきているという。それも21世紀が始まってからのわずか18年間で、それまでの汚染の量を遥かに上回ってしまったという。それを知って、唖然となる。
海洋汚染はもう待ったなしだ。とにかく自分にもやれることをしよう。そう決めた。これまでのマイバッグに加えて、マイバスケットを購入した。3個もだ!
2018年11月4日日曜日
花梨のミッションワーク
私たちの兄弟教会である小田原教会には花梨の木がある。今年はなり年らしく見事な実をつけていた。
先日のこと「こんにちは」と玄関で大きな声がするので出ていってみると、庭続きの梱包会社の方が立っていた。ちょっと緊張した面持ちで「こっちの庭に出ている花梨をもらってもいいですか?」と言われる。「どうぞ、どうぞ、遠慮なくお持ちください」と私。がっしりした体つきの彼の日焼けした顔がニコニコ!となった。母親へのプレゼントだろうか・・・?
この方、でっかいコンテナを梱包しながら、漂ってくる芳香を楽しんでおられたのかもしれないな。ささやかな花梨のミッションワークがちょっと嬉しい。
先日のこと「こんにちは」と玄関で大きな声がするので出ていってみると、庭続きの梱包会社の方が立っていた。ちょっと緊張した面持ちで「こっちの庭に出ている花梨をもらってもいいですか?」と言われる。「どうぞ、どうぞ、遠慮なくお持ちください」と私。がっしりした体つきの彼の日焼けした顔がニコニコ!となった。母親へのプレゼントだろうか・・・?
この方、でっかいコンテナを梱包しながら、漂ってくる芳香を楽しんでおられたのかもしれないな。ささやかな花梨のミッションワークがちょっと嬉しい。
2018年10月28日日曜日
みんな大好き ずっと大好き
I姉妹の墓前礼拝のために吉祥公園墓地に行った。
墓地の中を歩きながらいろいろな墓石に刻まれた言葉が目に入ってきた。「絆」「憩」などの文字。中にはユニークなものもあって生前が忍ばれて微笑ましい。
I姉妹の墓標には「みんな大好き ずっと大好き」と刻まれている。彼女が筆談で書き残した最後の言葉を拡大して墓石に刻んだと伺った。持続可能な環境作りに取り組んでいたI姉妹が、家族や多くの人に向けた感謝と愛のメッセージだ。
いいなー!この言葉って、まるでイエス様の思いじゃないか!「みんな大好き ずっと大好き」。慰められる。そればかりか、生きる力が湧いてくる。
墓地の中を歩きながらいろいろな墓石に刻まれた言葉が目に入ってきた。「絆」「憩」などの文字。中にはユニークなものもあって生前が忍ばれて微笑ましい。
I姉妹の墓標には「みんな大好き ずっと大好き」と刻まれている。彼女が筆談で書き残した最後の言葉を拡大して墓石に刻んだと伺った。持続可能な環境作りに取り組んでいたI姉妹が、家族や多くの人に向けた感謝と愛のメッセージだ。
いいなー!この言葉って、まるでイエス様の思いじゃないか!「みんな大好き ずっと大好き」。慰められる。そればかりか、生きる力が湧いてくる。
2018年10月21日日曜日
「義務」を選び取った方
先日の久しぶりに晴れた朝のことだ。酒匂川の川沿いの道に入った途端、端正な雪の帽子をかぶった富士山が表れた。「おお、雪の富士山だ」このところ生憎の天気が続いていたので、それは突然だった。
見れば、河原にはススキの白い穂もいっぱいだ。すっかり秋になったと、この夏の終わり、秋の初めの過ぎた日々も支えてくださった主の寛容を思った。
ふと新聞で読んだ「与えられた義務を果たしつつ、その都度新たに気付かされたことを心にとどめていく・・・」この言葉が思い出された。なんだか惹かれる。この方は自ら「義務」を選び取った。選び取られた「義務」は人を深める素敵なことだと思えた。
見れば、河原にはススキの白い穂もいっぱいだ。すっかり秋になったと、この夏の終わり、秋の初めの過ぎた日々も支えてくださった主の寛容を思った。
ふと新聞で読んだ「与えられた義務を果たしつつ、その都度新たに気付かされたことを心にとどめていく・・・」この言葉が思い出された。なんだか惹かれる。この方は自ら「義務」を選び取った。選び取られた「義務」は人を深める素敵なことだと思えた。
2018年10月14日日曜日
実は神様つながりの兄弟姉妹だ
『ホモ・サピエンスの10万年史と日本人』というラジオ番組にハマった。聞けば聞くほど、旧約聖書の語る天地創世の物語がますます真実味を帯びてきた。
我々の先祖である古代のホモ・サピエンスは現代人とほぼ変わらないという。彼らは洗練された文化を持っていた。彫刻をし、優れた技術と洒落たデザインの壁画を残した。高度な石器だけでなく、骨製のフルートなどの楽器を持ち、骨製の縫い針や釣り針も駆使した。
彼らはアフリカで生まれ、次第に進化したというより、最初から素晴らしい能力を持ってアフリカを出て全世界へと拡散した。現代人のDNAは我々は実は神様つながりの兄弟姉妹だと証するかのごとくだ。
我々の先祖である古代のホモ・サピエンスは現代人とほぼ変わらないという。彼らは洗練された文化を持っていた。彫刻をし、優れた技術と洒落たデザインの壁画を残した。高度な石器だけでなく、骨製のフルートなどの楽器を持ち、骨製の縫い針や釣り針も駆使した。
彼らはアフリカで生まれ、次第に進化したというより、最初から素晴らしい能力を持ってアフリカを出て全世界へと拡散した。現代人のDNAは我々は実は神様つながりの兄弟姉妹だと証するかのごとくだ。
2018年10月7日日曜日
いい眺めだ!
Aさんの納骨のために熱海から車で30分ほどの霊園に来た。来てみて驚いた。
後ろに十国峠を、眼下には相模灘を見下ろすという絶景だ。思わず「ああ、いい眺めだ!」と、叫んでしまいそうだ。汗ばむ地上の気温からくらべて、山の上は7,8度は低いのだろうか?少し冷たい空気が清々しい。なるほど、ここは別天地だ。Aさんが、生前ここを家族の墓地として選んでおいた訳がわかるような気がした。
都会の喧騒から遠く、天地(あめつち)を創られた神に近いこの場所に、家族や親しい人たちが集ってくる。よみがえる温かな思い出。そして感謝。
後ろに十国峠を、眼下には相模灘を見下ろすという絶景だ。思わず「ああ、いい眺めだ!」と、叫んでしまいそうだ。汗ばむ地上の気温からくらべて、山の上は7,8度は低いのだろうか?少し冷たい空気が清々しい。なるほど、ここは別天地だ。Aさんが、生前ここを家族の墓地として選んでおいた訳がわかるような気がした。
都会の喧騒から遠く、天地(あめつち)を創られた神に近いこの場所に、家族や親しい人たちが集ってくる。よみがえる温かな思い出。そして感謝。
2018年9月30日日曜日
なんとも嬉しい
女性会が作った「敬老の日のお祝いのカード」が届けられた。このほどそれへの感謝が寄せられている。
その中の葉書には「『長い旅路をお守りくださった神様』との一節が心に響きました」と書かれ、また、別の葉書には「素晴らしい三種のカードに込められたメッセージをお送りくださり誠にありがたく・・・」とあった。さらに、一通の手紙には「神様のみ言葉、メッセージ、ご婦人たちのお心のこもる・・・」と、感謝の言葉が綴られていた。
こんな返事をいただけるなんて、なんとも嬉しい!体も心も膨らむ。こんなふうに神のメッセージはみんなを喜びと感謝で満たしてくださったと改めて知る。
その中の葉書には「『長い旅路をお守りくださった神様』との一節が心に響きました」と書かれ、また、別の葉書には「素晴らしい三種のカードに込められたメッセージをお送りくださり誠にありがたく・・・」とあった。さらに、一通の手紙には「神様のみ言葉、メッセージ、ご婦人たちのお心のこもる・・・」と、感謝の言葉が綴られていた。
こんな返事をいただけるなんて、なんとも嬉しい!体も心も膨らむ。こんなふうに神のメッセージはみんなを喜びと感謝で満たしてくださったと改めて知る。
2018年9月23日日曜日
みんな違って、みんないい
教会の修養会で「性的少数者」について学んだ。自らその一人だと公言する平良牧師の話に聞き入った。
一言で「性的少数者」と言っても、中身は実に多様なのに驚く。性自認と性的指向とは違うことも知った。
例えば同性愛者だが、確かに社会も教会もこれまで彼らに対して偏見を抱いてきた。しかし、同性愛はもはや人権の問題なのだ。「神は男と女とに創造された」という言葉だけがいわば一人歩きをする時、同性愛者はキリスト教と同性愛が自分の中で折り合いがつかなくて苦しむという。ハッとさせられた。
この世界、「こうでなくっちゃ〜」ではなく、「みんな違って、みんないい」という話なんだね。
一言で「性的少数者」と言っても、中身は実に多様なのに驚く。性自認と性的指向とは違うことも知った。
例えば同性愛者だが、確かに社会も教会もこれまで彼らに対して偏見を抱いてきた。しかし、同性愛はもはや人権の問題なのだ。「神は男と女とに創造された」という言葉だけがいわば一人歩きをする時、同性愛者はキリスト教と同性愛が自分の中で折り合いがつかなくて苦しむという。ハッとさせられた。
この世界、「こうでなくっちゃ〜」ではなく、「みんな違って、みんないい」という話なんだね。
2018年9月16日日曜日
ハレルヤ!高齢者の皆さん
「子ども食堂」は、始めることは比較的簡単であっても、場所や担い手、そして資金の問題から継続していくことは容易ではないという。また、大人の理想と子どもの置かれている現実の差が、子どもの参加をしづらくさせているといわれている。
「子ども食堂」を実践しているHさんの話を聞いた。運営資金や人材の確保、「営業許可」を巡る保健所との交渉に苦労される。そんな予想しないハードルをいくつもクリアしながら、Hさんは「子供の居場所」の必要性を冷静に問いかけてこられた。
ボランティアには多様な年齢の方々がおられるが、中心は65歳以上だ。ハレルヤ!高齢者の皆さん。
「子ども食堂」を実践しているHさんの話を聞いた。運営資金や人材の確保、「営業許可」を巡る保健所との交渉に苦労される。そんな予想しないハードルをいくつもクリアしながら、Hさんは「子供の居場所」の必要性を冷静に問いかけてこられた。
ボランティアには多様な年齢の方々がおられるが、中心は65歳以上だ。ハレルヤ!高齢者の皆さん。
2018年9月9日日曜日
重い腰もそろそろっと上がる
集中豪雨に台風そして地震と、この夏の災害の多さはどうしたことか!被災地域は、これまでこんな災害は経験したことがなかったと口をそろえる。「自分のところだけは大丈夫」という安全神話は崩れた。
そういえば私達の町、湯河原も昔から地震からも大雨や洪水からも守られてきたという。しかし、「だから大丈夫」ということにはならないと知らされた。
まずは災害に備えるためにと、ネットで検索してみる。ふむふむ、持ち出し袋を作っておくことなんだ。食料や水などの備蓄、トイレ対策なども必要なんだ。明後日は二百二十日、また台風がやってくる。
疎かにしてきた重い腰もそろそろっと上がる。
そういえば私達の町、湯河原も昔から地震からも大雨や洪水からも守られてきたという。しかし、「だから大丈夫」ということにはならないと知らされた。
まずは災害に備えるためにと、ネットで検索してみる。ふむふむ、持ち出し袋を作っておくことなんだ。食料や水などの備蓄、トイレ対策なども必要なんだ。明後日は二百二十日、また台風がやってくる。
疎かにしてきた重い腰もそろそろっと上がる。
2018年9月2日日曜日
愛され、受け入れられているから
この9月、アネモス教会群4教会での合同修養会で性的マイノリティの方々の人権についての講演が予定されている。7月に「あなたの教会はLGBTの方を受け入れますか?」というアンケートを受けたことがきっかけになった。
そんな矢先、「LGBTのカップルは生産性がない」というある国会議員の発言が議論を呼んだが、果たしてそうなのか?今度の合同修養会は、まずは学んで、もっと知って、さらに考える絶好の機会だ。
マイノリティの方々が苦しむ人権問題はいたるところにある。主イエスの眼差しはいつも少数者に向けられている。きっと目が開かれる経験となる。
そんな矢先、「LGBTのカップルは生産性がない」というある国会議員の発言が議論を呼んだが、果たしてそうなのか?今度の合同修養会は、まずは学んで、もっと知って、さらに考える絶好の機会だ。
マイノリティの方々が苦しむ人権問題はいたるところにある。主イエスの眼差しはいつも少数者に向けられている。きっと目が開かれる経験となる。
2018年8月26日日曜日
頑張ろっと!
健康診断を受けた。この日に合わせて昨年から試みてきたことある。コレステロールを下げることだ。
効果があるという豆乳、トマトジュース、納豆を毎日食べるようにしてきた。最近では少しばかりスクワットもしている。自分なりのこの試み、果たして効果のほどは?と、期待が湧く。
エコーの検査をしながら私の内臓に陣取っている脂肪の説明を聞く。「これは脂肪肝ですね」と言われてがっかり!しかし「炭水化物を少なくし、食べる量を減らせば、来年の今頃は驚くほど痩せて脂肪肝も改善しますよ」とは、ありがたい医者の助言だ。
私達は神の宮だと主も言われている。頑張ろっと!
効果があるという豆乳、トマトジュース、納豆を毎日食べるようにしてきた。最近では少しばかりスクワットもしている。自分なりのこの試み、果たして効果のほどは?と、期待が湧く。
エコーの検査をしながら私の内臓に陣取っている脂肪の説明を聞く。「これは脂肪肝ですね」と言われてがっかり!しかし「炭水化物を少なくし、食べる量を減らせば、来年の今頃は驚くほど痩せて脂肪肝も改善しますよ」とは、ありがたい医者の助言だ。
私達は神の宮だと主も言われている。頑張ろっと!
2018年8月19日日曜日
耳と、目と、心を澄ませたに違いない。
迷子の2歳児が無事に見つかって本当によかった!
3日間、警察と消防延べ380人体制の懸命の捜索で発見できなかった理稀ちゃんは、大分から駆けつけた78歳のボランティア、尾畠さんによって救助された。
救助に至る話を知って驚いた。尾畠さんは理稀ちゃん行方不明から3日目に現場に到着するや、一人で山に入り、捜索開始から数十分で理稀ちゃんを発見した。
彼は山辺に立ち、耳と、目と、心を澄ませたに違いない。お礼はおろか、食事も風呂も断る程の潔さぎよさの持ち主を突き動かすのは、彼の憐れみ深さだ。
「子供というものは上に行く」という尾畠さんの経験則に、主は「ここを行け」と示されたのだろう。
3日間、警察と消防延べ380人体制の懸命の捜索で発見できなかった理稀ちゃんは、大分から駆けつけた78歳のボランティア、尾畠さんによって救助された。
救助に至る話を知って驚いた。尾畠さんは理稀ちゃん行方不明から3日目に現場に到着するや、一人で山に入り、捜索開始から数十分で理稀ちゃんを発見した。
彼は山辺に立ち、耳と、目と、心を澄ませたに違いない。お礼はおろか、食事も風呂も断る程の潔さぎよさの持ち主を突き動かすのは、彼の憐れみ深さだ。
「子供というものは上に行く」という尾畠さんの経験則に、主は「ここを行け」と示されたのだろう。
2018年8月12日日曜日
実況中継
夏の甲子園大会がたけなわだ。鳴り響くブラスバンドの音と「かっとばせーー!」の声援に暑さも吹っ飛ぶ。
「ピッチャー、投げました!」「バッター、打ちました!」キビキビとしたアナウンサーの声がラジオから聞こえる。それにしても今朝の中継は一味違う。
「ピッチャー、…をーーなげました!」弾力のある「な」の音に、ピッチャーのボウルを振りかぶる動作、息を詰めるバッターの姿が見えるようだ。一期一会の高校野球にふさわしい魅力ある実況中継だ。
さて、礼拝堂でも主の生き様と教えの実況中継が生き生きと始まる。「それから、イエスは付近の村を巡り・・・」この恵みいっぱいの中継に吸い込まれる。
「ピッチャー、投げました!」「バッター、打ちました!」キビキビとしたアナウンサーの声がラジオから聞こえる。それにしても今朝の中継は一味違う。
「ピッチャー、…をーーなげました!」弾力のある「な」の音に、ピッチャーのボウルを振りかぶる動作、息を詰めるバッターの姿が見えるようだ。一期一会の高校野球にふさわしい魅力ある実況中継だ。
さて、礼拝堂でも主の生き様と教えの実況中継が生き生きと始まる。「それから、イエスは付近の村を巡り・・・」この恵みいっぱいの中継に吸い込まれる。
2018年8月5日日曜日
なんだか嬉しいなぁ〜
こう連日、暑くっちゃかなわない。思うように体も頭も働かない。もう限界だ。そうだ、こういうときにこそ頭と身体を同時に使う「創造の業?」に励むべし!
そこで、トラブル続発だった無線式の「呼び鈴」に替えて有線式のを取り付けることにした。電線を玄関の外から家の中に取り込む方法が難しい。フムフム・・・古い電話線の通っていた穴を利用することにして、二階の屋根から猫の額くらいの庇に降りる。スリリングな作業を終えて、取り付け工事完了!
さっそく試す。「ピンポーン、ピンポーン」やったー、大成功!なんだか嬉しい。さて、この新しい呼び鈴を一番始めに押す人は誰かなあ?
そこで、トラブル続発だった無線式の「呼び鈴」に替えて有線式のを取り付けることにした。電線を玄関の外から家の中に取り込む方法が難しい。フムフム・・・古い電話線の通っていた穴を利用することにして、二階の屋根から猫の額くらいの庇に降りる。スリリングな作業を終えて、取り付け工事完了!
さっそく試す。「ピンポーン、ピンポーン」やったー、大成功!なんだか嬉しい。さて、この新しい呼び鈴を一番始めに押す人は誰かなあ?
2018年7月29日日曜日
安心があるから
久しく忘れていた赤ん坊の笑い声を聞いた。長女が5ヶ月になる孫の声を録音してスマホで送ってきた。イナイイナイバーをすると、ケラ、ケラッと実に愉快でたまらないと言ったふうに笑っている。笑い声がこんなに新鮮だったとは驚きだ!11秒間の赤ん坊の喜びに思わず吸い込まれる。
先日、クリスチャンの生活は喜びだという内村鑑三の言葉を紹介してくださった方があった。そういえばどうもわたし達は眼の前の義務や責任に喜びを奪われ、天の父が一緒なのに暗くなってしまう。
赤ん坊がイナイイナイバーに無心に笑う。母親が一緒にいるという安心があるから笑えるんだね。
先日、クリスチャンの生活は喜びだという内村鑑三の言葉を紹介してくださった方があった。そういえばどうもわたし達は眼の前の義務や責任に喜びを奪われ、天の父が一緒なのに暗くなってしまう。
赤ん坊がイナイイナイバーに無心に笑う。母親が一緒にいるという安心があるから笑えるんだね。
2018年7月22日日曜日
この夏
この夏も恒例の湯河原の花火大会があった。夕食を食べようか、それとも見に行こうか、どうしようかと迷っているうちに「ドン ドカーン」と大きな一発。あっ、始まった!と思う間もなく、続いて「ドドド ドーン」「パリパリパリッ ドドーン」。
今の音は三尺の打ち上げ花火だとか、あの音はスターマインだとか言いながら夕食を食べる。こんな花火の楽しみ方もあるものだなぁ…などと思いつつ。
そういえば昨年は雨のために花火大会は二度延期になり、三度目も雨でとうとう中止になった。もうちょっと涼しかった昨年の今頃を思い出した。猛暑のこの夏、雨も日照りもどうかお手柔らかにと願う。
今の音は三尺の打ち上げ花火だとか、あの音はスターマインだとか言いながら夕食を食べる。こんな花火の楽しみ方もあるものだなぁ…などと思いつつ。
そういえば昨年は雨のために花火大会は二度延期になり、三度目も雨でとうとう中止になった。もうちょっと涼しかった昨年の今頃を思い出した。猛暑のこの夏、雨も日照りもどうかお手柔らかにと願う。
2018年7月15日日曜日
どうしたことだろう?
雨がやんだ途端、この猛暑。一気に真夏の到来だ。
今朝はドアの前に弱ってひっくり返っている蝉5匹を見つけた。このところほとんど蝉の鳴き声らしい鳴き声を聞かないのに、この蝉の数はどうしたことだろう?少し緑色をしているところを見ればミンミンゼミだろうか。蝉の知識はないが、ミンミンゼミは暑さに弱いと聞く。急な暑さで参ってしまったのかと思ったりもする。紫陽花の花に乗っけてやる。
このところ夜になると何やらジジー、ジジーと騒がしい。そういうときは決まって猫が蝉を捕まえて来ている。嫌がる猫を押さえつけて生け捕りの蝉を放してやる。地上での短い生命を思えば、そうしたい。
今朝はドアの前に弱ってひっくり返っている蝉5匹を見つけた。このところほとんど蝉の鳴き声らしい鳴き声を聞かないのに、この蝉の数はどうしたことだろう?少し緑色をしているところを見ればミンミンゼミだろうか。蝉の知識はないが、ミンミンゼミは暑さに弱いと聞く。急な暑さで参ってしまったのかと思ったりもする。紫陽花の花に乗っけてやる。
このところ夜になると何やらジジー、ジジーと騒がしい。そういうときは決まって猫が蝉を捕まえて来ている。嫌がる猫を押さえつけて生け捕りの蝉を放してやる。地上での短い生命を思えば、そうしたい。
2018年7月8日日曜日
肝に銘じた
今朝もラシオを聞きながら、天気予報がずいぶん懇切丁寧だなぁと感心する。
「自宅が平屋の場合はご近所の二階へ避難を」とか「用水路の様子が気になっても見に行かなでください」とか「避難する部屋は崖側を避けて」などと、すごく具体的だ。人間には危険にたいして、自分だけは大丈夫という脳のメカニズムが働くという。「正常性バイアス」という落とし穴への注意かもしれない。
「当然、当然」と、うなずきながら聞く。夕方、黒雲を見ながら「大丈夫」と買い物をした。しかし店から車までの僅かな距離の間に滝の雨だ。全身ずぶ濡れになってみて肝に銘じた。災害はいつも想定外だ!
「自宅が平屋の場合はご近所の二階へ避難を」とか「用水路の様子が気になっても見に行かなでください」とか「避難する部屋は崖側を避けて」などと、すごく具体的だ。人間には危険にたいして、自分だけは大丈夫という脳のメカニズムが働くという。「正常性バイアス」という落とし穴への注意かもしれない。
「当然、当然」と、うなずきながら聞く。夕方、黒雲を見ながら「大丈夫」と買い物をした。しかし店から車までの僅かな距離の間に滝の雨だ。全身ずぶ濡れになってみて肝に銘じた。災害はいつも想定外だ!
2018年7月1日日曜日
暑さに負けてはいられない
いっきに夏がやってきた。金曜日、西湘を走っていて思った。この空の色、海の色、そしてこの地平線から湧き上がる入道雲はまったく夏の色だ。そうしたらその日、記録破りの梅雨明け宣言だ!
意外な早さで夏がやって来た。気温はゆうに30度を超える。首に保冷剤を巻いて、アイスコーヒーに氷をいれて、一気に飲む。暑さに負けてはいられない。
こうして主日の準備のため机に向かった。近くの木ではなんと蝉の鳴き声がする。暑さに引き込まれて眠くなる。ジージーという鳴き声が、だんだん遠くなっていく。いけない、眠ってはいけない。
これからの暑い日々、主日の準備は眠気との戦い!
意外な早さで夏がやって来た。気温はゆうに30度を超える。首に保冷剤を巻いて、アイスコーヒーに氷をいれて、一気に飲む。暑さに負けてはいられない。
こうして主日の準備のため机に向かった。近くの木ではなんと蝉の鳴き声がする。暑さに引き込まれて眠くなる。ジージーという鳴き声が、だんだん遠くなっていく。いけない、眠ってはいけない。
これからの暑い日々、主日の準備は眠気との戦い!
2018年6月24日日曜日
魂が奪われそうな臨場感
ワールドカップ、ロシア大会がたけなわだ。
今夜の試合は世界最強のブラジルとコスタリカだ。主日の準備も気になるなぁ・・・だが、やっぱり試合はもっと気になる。後で「ハイライト」という手もあるぞという良い子の考えは一瞬浮かんで、すぐに消えた。そして、私はテレビの前に陣取った。
試合前の大競技場の様子が映し出された。応援に馳せ参じた人々の何もかも忘れて試合だけを見つめているその熱気が実にイイ。怖いくらいに引き締まった選手たちの表情がスゴイ。誰も彼も一心不乱だ。
私もドキドキしながら試合開始を待つ。魂が奪われそうなこの臨場感。半端ない!
今夜の試合は世界最強のブラジルとコスタリカだ。主日の準備も気になるなぁ・・・だが、やっぱり試合はもっと気になる。後で「ハイライト」という手もあるぞという良い子の考えは一瞬浮かんで、すぐに消えた。そして、私はテレビの前に陣取った。
試合前の大競技場の様子が映し出された。応援に馳せ参じた人々の何もかも忘れて試合だけを見つめているその熱気が実にイイ。怖いくらいに引き締まった選手たちの表情がスゴイ。誰も彼も一心不乱だ。
私もドキドキしながら試合開始を待つ。魂が奪われそうなこの臨場感。半端ない!
2018年6月17日日曜日
誕生日に
家人の誕生日に息子と娘たちは抜かりない。
その朝一番に、「お誕生日おめでとう」の言葉と一緒に絵文字のケーキと花束とプレゼントの箱、それに誕生カードをLINEで送ってきたのは長女だった。続いて二女からもデコレーションケーキとポンと弾けるクラッカーがLINEで届いた。最後は長男、「おめでとう」の言葉とともに、「今度お寿司をごちそうするよ」とやはり便利なLINEで。LINEだから文字通り絵に描いた餅。なのに、家人はニコニコ嬉しそう。
そして私は、「いちばん身近な家族のためにも祈って」と言われた教会の姉妹の言葉を思い出しながら、夕食を前に家人のために心から祈りを捧げた。
その朝一番に、「お誕生日おめでとう」の言葉と一緒に絵文字のケーキと花束とプレゼントの箱、それに誕生カードをLINEで送ってきたのは長女だった。続いて二女からもデコレーションケーキとポンと弾けるクラッカーがLINEで届いた。最後は長男、「おめでとう」の言葉とともに、「今度お寿司をごちそうするよ」とやはり便利なLINEで。LINEだから文字通り絵に描いた餅。なのに、家人はニコニコ嬉しそう。
そして私は、「いちばん身近な家族のためにも祈って」と言われた教会の姉妹の言葉を思い出しながら、夕食を前に家人のために心から祈りを捧げた。
2018年6月10日日曜日
シメシメ、ホクホク
梅雨に入った。青梅で作る調味料をテレビで見た家人が、「作ってみたい」と言う。簡単だけをモットーの毎日の食事に、なにやらメリハリの予感がする。
しかし、梅の時期はほぼ終わっている。せっかくのささやかなチャレンジも諦めるしかないかと思いつつマーケットに行った。完熟の南高梅の中に青梅の最後の一パックを見つけた。ああ、ありがたや!
冷蔵庫に入る程度の大きさのガラス瓶に数個の青梅、同量のみりんと醤油、それに厚めの削り節少々で出来上がり。2週間待てば梅の香りいっぱいの梅醤油ができるぞ!冷蔵庫を開けて、シメシメ、ホクホク。
スッキリしない天気だが庭の紫陽花も元気がいい。
しかし、梅の時期はほぼ終わっている。せっかくのささやかなチャレンジも諦めるしかないかと思いつつマーケットに行った。完熟の南高梅の中に青梅の最後の一パックを見つけた。ああ、ありがたや!
冷蔵庫に入る程度の大きさのガラス瓶に数個の青梅、同量のみりんと醤油、それに厚めの削り節少々で出来上がり。2週間待てば梅の香りいっぱいの梅醤油ができるぞ!冷蔵庫を開けて、シメシメ、ホクホク。
スッキリしない天気だが庭の紫陽花も元気がいい。
2018年6月3日日曜日
黄色は「待て」と学んだ
小田原からの帰り道のことだ。交差点の手前でバスをうまくよけたところで赤信号となり一旦停止した。
信号は青に変わり再びスタート。前方の一直線の道路には車が一台もいない。自然、スピードが出てしまう。しかも次の信号も青だ。アクセルを踏んで、通過しようとしたとき少し手前で信号は黄色に変わった。
行ってしまえ!と心で囁く声。さらにアクセルを踏み込む。その時、ポリスカーが視界に入った。後ろからサイレンの音がする。やってしまった!
交差点の途中で信号は赤に。信号無視の2点減点と罰金。ゴールド免許は惜しかったが、学んだ。青は「行け」赤は「止まれ」黄色は「待て」と。
信号は青に変わり再びスタート。前方の一直線の道路には車が一台もいない。自然、スピードが出てしまう。しかも次の信号も青だ。アクセルを踏んで、通過しようとしたとき少し手前で信号は黄色に変わった。
行ってしまえ!と心で囁く声。さらにアクセルを踏み込む。その時、ポリスカーが視界に入った。後ろからサイレンの音がする。やってしまった!
交差点の途中で信号は赤に。信号無視の2点減点と罰金。ゴールド免許は惜しかったが、学んだ。青は「行け」赤は「止まれ」黄色は「待て」と。
2018年5月27日日曜日
参りました。納得です!
ときどき家人の代わりに半のら猫のイシグロちゃんに餌やりに行く。私の顔を見ると、ニャーニャー鳴いてやって来たまではいいのだが、餌をやっても、なかなか食べない。門のあたりをじっと見ていて、家人が現れるを待っている様子だ。
そのことを家人に話すと、「ちゃんと、撫でてあげた?」と聞かれた。「撫でたよ」と私。「いい子だねー」っ言ってあげた?寒い時は「風邪、引かないようにね」って、蒸し暑い時は「蚊に刺されないように」って、雨の時は「濡れないようにね」って、そして「また、あしたね」って、いっぱい撫でてあげた?
参りました。納得です!
そのことを家人に話すと、「ちゃんと、撫でてあげた?」と聞かれた。「撫でたよ」と私。「いい子だねー」っ言ってあげた?寒い時は「風邪、引かないようにね」って、蒸し暑い時は「蚊に刺されないように」って、雨の時は「濡れないようにね」って、そして「また、あしたね」って、いっぱい撫でてあげた?
参りました。納得です!
2018年5月20日日曜日
聖霊はいつも
聖霊は眼には見えないけれども、復活のイエス様が私たちたちと共にいて、私たちに働きかけてくださるその働きだ。日頃の生活の中で聖霊をいただくと、わたしたちは本当に新しくされるのだ。
ぶらぶらと学校帰り、三角頭の〈栗の実しょうへい君〉は〈蟻のアリ子さん〉に出会う。「あなたって、頭の良さそうな形をしているのね」と、アリ子。それを聞いたしょうへい君、「うっひゃー、おいらこれから勉強しよっと!」と、すっ飛んで家に帰っていった。微笑ましくて笑える。工藤直子著『のはらうた』だ。
三角頭を褒めたアリ子は聖霊の働きに適っている。アリ子にエール!聖霊はいつも肯定的メッセージだ。
ぶらぶらと学校帰り、三角頭の〈栗の実しょうへい君〉は〈蟻のアリ子さん〉に出会う。「あなたって、頭の良さそうな形をしているのね」と、アリ子。それを聞いたしょうへい君、「うっひゃー、おいらこれから勉強しよっと!」と、すっ飛んで家に帰っていった。微笑ましくて笑える。工藤直子著『のはらうた』だ。
三角頭を褒めたアリ子は聖霊の働きに適っている。アリ子にエール!聖霊はいつも肯定的メッセージだ。
2018年5月13日日曜日
主の昇天、そして・・・
主イエスは、使徒たちを祝福しつつ、彼らの見ている前で天に上げられ、ひとかたまりの雲におおわれた。
使徒たちは首を仰向け、口を開け、驚きとも名残り惜しさともつかぬ表情で、主イエスが雲におおわれたあたりを呆然と眺めつくしていたに違いない。
「ガリラヤ人よ、なぜ、天をそう見つめている?いつまでひとつ所に立っている?」と、たちまち現れた白衣の二人が呼びかけなかったら、彼らは夕刻までもそこに立ち尽くしていただろう。我に返った使徒たちは寄り添いあってエルサレムに戻っていった。
その使徒たちにいよいよ聖霊が降る。主の復活から49日後の50旬節の日だ。とにかく来週が楽しみだ!
使徒たちは首を仰向け、口を開け、驚きとも名残り惜しさともつかぬ表情で、主イエスが雲におおわれたあたりを呆然と眺めつくしていたに違いない。
「ガリラヤ人よ、なぜ、天をそう見つめている?いつまでひとつ所に立っている?」と、たちまち現れた白衣の二人が呼びかけなかったら、彼らは夕刻までもそこに立ち尽くしていただろう。我に返った使徒たちは寄り添いあってエルサレムに戻っていった。
その使徒たちにいよいよ聖霊が降る。主の復活から49日後の50旬節の日だ。とにかく来週が楽しみだ!
2018年5月6日日曜日
くしゃみよ、さらば
一斉に若葉が出揃って緑が本当にうつくしい。いま周囲を見まわして、静かに神の変わらぬ恵みを思う。
牧師館の前の針葉樹のモミの木、どの枝も明るい色の新芽に覆われている。一つ新芽が開けば、次々にどの枝の先にも小さなボンボンみたいな若葉が開く。どんどん新芽が開いて、今では針のような葉の先は黄緑色の柔らかな可愛いボンボンでいっぱいだ。
どんな人にも冬が有る。しかし必ず春は巡ってくる。春の来ない年なんて一度もない。苦労していたあなた、苦しんでいたあなたに、必ず主の恵みの時は訪れる。
そう言えば・・・長く、辛かった私の花粉症は??
「やったー!くしゃみよ、さらば」。"It's over! "である。
牧師館の前の針葉樹のモミの木、どの枝も明るい色の新芽に覆われている。一つ新芽が開けば、次々にどの枝の先にも小さなボンボンみたいな若葉が開く。どんどん新芽が開いて、今では針のような葉の先は黄緑色の柔らかな可愛いボンボンでいっぱいだ。
どんな人にも冬が有る。しかし必ず春は巡ってくる。春の来ない年なんて一度もない。苦労していたあなた、苦しんでいたあなたに、必ず主の恵みの時は訪れる。
そう言えば・・・長く、辛かった私の花粉症は??
「やったー!くしゃみよ、さらば」。"It's over! "である。
2018年4月29日日曜日
彼の友人が呆れた
今、晩柑類が美味しい。ニューサマーオレンジを食べながら蜜柑を作っている知人の話を思い出した。
彼の畑で何年も実っていた蜜柑の木がとうとう枯れたそうだ。そこで思い切って新しく文旦の苗を7本買って植えた。それを聞いた彼の友人が呆れた。「お前、自分の年を考えてみろ。今更そんな苗を植えて、いったい何年後に文旦が取れると思ってんだ?」。彼はすぐ言い返したそうだ。「お前、知らないだろう。ルターはな、『たとえ明日世界が滅びても、今日私は林檎の木を植える』って言ったんだぞ!」。
私は「うまい!」と思わず膝を打った。そうだ、そうだ、神さまへの信頼。そこにこそ希望がある!
彼の畑で何年も実っていた蜜柑の木がとうとう枯れたそうだ。そこで思い切って新しく文旦の苗を7本買って植えた。それを聞いた彼の友人が呆れた。「お前、自分の年を考えてみろ。今更そんな苗を植えて、いったい何年後に文旦が取れると思ってんだ?」。彼はすぐ言い返したそうだ。「お前、知らないだろう。ルターはな、『たとえ明日世界が滅びても、今日私は林檎の木を植える』って言ったんだぞ!」。
私は「うまい!」と思わず膝を打った。そうだ、そうだ、神さまへの信頼。そこにこそ希望がある!
2018年4月22日日曜日
百歳のKさん
百歳のKさんを訪ねた。ご家族のご都合で半年ぶりの訪問だった。半年前に比べて、全体に調子は落ちてきているが、その下り坂は極めて緩やかだと感じる。ひとえに主の慈しみとご家族のお世話のおかげだ。
両耳に補聴器をセットして頂くと、少しは聞こえるとおっしゃる。マグダラのマリヤが復活の主イエスに出会ったあの美しい箇所を読んだ。ニッコリ、ニッコリうなずきながら聞いてくださる。聖餐に与って頂き、愛唱の聖歌「驚くばかりの恵み」(アメージング・グレイス)を一緒に歌って、「主の祈り」を捧げる。
主はこの恵みを、Kさんに付き添うお嫁さんにも分かち合ってくださっている。主に感謝!
両耳に補聴器をセットして頂くと、少しは聞こえるとおっしゃる。マグダラのマリヤが復活の主イエスに出会ったあの美しい箇所を読んだ。ニッコリ、ニッコリうなずきながら聞いてくださる。聖餐に与って頂き、愛唱の聖歌「驚くばかりの恵み」(アメージング・グレイス)を一緒に歌って、「主の祈り」を捧げる。
主はこの恵みを、Kさんに付き添うお嫁さんにも分かち合ってくださっている。主に感謝!
2018年4月15日日曜日
どちらのリスクをとるかだと言われた
整形外科の検診のため叔母を施設へ迎えに行った。
いつもと叔母の様子が違う。無表情で、“チーン”と静まっている。ショックだった。この一ヶ月叔母には精神安定剤が処方されていることを知った。認知症の叔母に、「黄昏症候群」の症状が出たためだ。
整形外科の医師にも意見を聞く。転倒による骨折か精神安定剤の副作用のどちらのリスクをとるかだと言われた。
診察後、叔母が言った。「私のことを一番にしないでいいのよ。あなた達のことを先に考えて」。思いがけない叔母の言葉に、思わず涙が出そうになりながらかたく叔母の手を握りしめる。叔母がニッコリ笑った。
何も出来ないと思うやるせなさを、主に委ねる。
いつもと叔母の様子が違う。無表情で、“チーン”と静まっている。ショックだった。この一ヶ月叔母には精神安定剤が処方されていることを知った。認知症の叔母に、「黄昏症候群」の症状が出たためだ。
整形外科の医師にも意見を聞く。転倒による骨折か精神安定剤の副作用のどちらのリスクをとるかだと言われた。
診察後、叔母が言った。「私のことを一番にしないでいいのよ。あなた達のことを先に考えて」。思いがけない叔母の言葉に、思わず涙が出そうになりながらかたく叔母の手を握りしめる。叔母がニッコリ笑った。
何も出来ないと思うやるせなさを、主に委ねる。
2018年4月8日日曜日
この喜び
「見ました、主を!主を見ました!」泣き笑いを繰り返しながら、マリアは走っただろう。ハレルヤ!ハレルヤ!一刻も早く、一刻も早く伝えなくては・・・
主イエス・キリストの復活、それは死に打ち勝った新しい有様の新しい生命だ。種としてまかれた一粒の麦が新芽となって萌えいずるようなものだ。
確かにわたし達は皆アダムの子として死ぬ。しかし、そのわたし達は皆キリストによって復活する。このことを主の復活後の日々に特に覚えたいものだ。
新たな朝の、新たな光の中をひた走るマグダラのマリアの喜びに与りたい。復活の主と一つにされる喜び。救われた喜び。主を信じきる喜び。
主イエス・キリストの復活、それは死に打ち勝った新しい有様の新しい生命だ。種としてまかれた一粒の麦が新芽となって萌えいずるようなものだ。
確かにわたし達は皆アダムの子として死ぬ。しかし、そのわたし達は皆キリストによって復活する。このことを主の復活後の日々に特に覚えたいものだ。
新たな朝の、新たな光の中をひた走るマグダラのマリアの喜びに与りたい。復活の主と一つにされる喜び。救われた喜び。主を信じきる喜び。
2018年4月1日日曜日
おりしも
鼻水と痰の絡む咳に加えて熱もある。これはてっきり風邪を引いたに違いないと病院へ行く。花粉症から副鼻腔炎を起こしていたことがわかった。
おりしも聖木曜日から聖金曜日にかけて、ひっきりなしの咳と鼻水で眠られぬ夜を過ごしつつ、主イエスはこの夜、逮捕され、取り調べられ、茨の冠を被せられ、つばを吐きかけられ、鞭打たれ、愛弟子ペトロの裏切りを目の当たりにしたのだということを思った。
しかし、十字架に死んで葬られた主イエスは復活された。山々は新緑で息づきはじめ、折しも桜は満開だ。「赦しあえ」「相愛せよ」と教えてくださる復活の主は、この桜の花陰にもおられるかもしれない。
おりしも聖木曜日から聖金曜日にかけて、ひっきりなしの咳と鼻水で眠られぬ夜を過ごしつつ、主イエスはこの夜、逮捕され、取り調べられ、茨の冠を被せられ、つばを吐きかけられ、鞭打たれ、愛弟子ペトロの裏切りを目の当たりにしたのだということを思った。
しかし、十字架に死んで葬られた主イエスは復活された。山々は新緑で息づきはじめ、折しも桜は満開だ。「赦しあえ」「相愛せよ」と教えてくださる復活の主は、この桜の花陰にもおられるかもしれない。
2018年3月25日日曜日
愛せ。一致せよ!
寒かったり、暖かかったりしながら春が来た。とうとう、教会の庭のチューリップが赤と黄色に実に可愛らしく咲き始めた。見ただけで心躍る。生命(いのち)とは愛であることがこれほどよく分かるものはない。
今週は棕櫚の主日から始まる受難週に当たる。主はエルサレムで最後の時を迎えようとしておられる。聖月曜日から聖金曜日まで、そしてイースターへ向かって神の定めた救いの時は今日から刻々と進む。
主は聖木曜日、十字架にお掛かりになる前に教えられた。生命とは愛である。だから、愛が憎しみによって分裂したとき、人は死ぬ。教会も死ぬ。分裂してはいけない。愛せ。一致せよ!(ヨハネ第一4:7−21)
今週は棕櫚の主日から始まる受難週に当たる。主はエルサレムで最後の時を迎えようとしておられる。聖月曜日から聖金曜日まで、そしてイースターへ向かって神の定めた救いの時は今日から刻々と進む。
主は聖木曜日、十字架にお掛かりになる前に教えられた。生命とは愛である。だから、愛が憎しみによって分裂したとき、人は死ぬ。教会も死ぬ。分裂してはいけない。愛せ。一致せよ!(ヨハネ第一4:7−21)
2018年3月18日日曜日
創造の業を満喫する
久しぶりの快晴、小田原朝祈会に説教奉仕をさせて頂くために、早起きして海岸沿いの国道を走る。
丁度、春の太陽が上り、海の面には百万燭光の光の道が出来る。この神の創造の業を満喫するのは、まったくの恵みだ。
今、この国道を通っている人たちは皆、この景色、眺めているんだ!このすばらしい景色を「ああ、いいなー」って感じているんだ!前の車、崖を曲がったところで、しだいにゆっくりとなった。ああ、右手前方には霞がかった三浦半島が・・・それを見てるんだ!
神は罪人のわたし達を、恵みのうちに限りなく包んでくださっているのだと、しみじみ思いながら通る。
丁度、春の太陽が上り、海の面には百万燭光の光の道が出来る。この神の創造の業を満喫するのは、まったくの恵みだ。
今、この国道を通っている人たちは皆、この景色、眺めているんだ!このすばらしい景色を「ああ、いいなー」って感じているんだ!前の車、崖を曲がったところで、しだいにゆっくりとなった。ああ、右手前方には霞がかった三浦半島が・・・それを見てるんだ!
神は罪人のわたし達を、恵みのうちに限りなく包んでくださっているのだと、しみじみ思いながら通る。
2018年3月11日日曜日
思い巡らし、心に留めます
しだいに日は長くなり、暖かくなってきました。格別に冷たくて寒くて乾燥した冬も終わりそうです。
この数日間は雨がよく降りました。おかげで乾燥していた庭がすっかり潤いました。水仙は咲き終わりましたが、気がついてみると教会の庭のチューリップが他の草花と一緒に大きくなり始めています。神の命がこれらの植物に絶え間なく注がれているんですね。
神の決して終わることのない地上でのすばらしい御業を感謝します。
今日から四旬節の第四週です。自然ばかりか、私たちの人生においても主が為してくださっている一つひとつのことを思い巡らし、心に留めます。
この数日間は雨がよく降りました。おかげで乾燥していた庭がすっかり潤いました。水仙は咲き終わりましたが、気がついてみると教会の庭のチューリップが他の草花と一緒に大きくなり始めています。神の命がこれらの植物に絶え間なく注がれているんですね。
神の決して終わることのない地上でのすばらしい御業を感謝します。
今日から四旬節の第四週です。自然ばかりか、私たちの人生においても主が為してくださっている一つひとつのことを思い巡らし、心に留めます。
2018年3月4日日曜日
あら、これだったの!
歌声ばかりで姿が見えねど・・・と書いた画眉鳥(ガビチョウ)だが、その正体がわかった。
その日の朝も、突然静けさを突き破って、高らかなさえずり声で目が覚める。ふむ!なんだかおかしい。いつも同じ鳴き方ではないか?どうも今朝は窓の外からと言うより家人の枕元あたりから聞こえてくるではないか・・・?ひょっとして、スマホ?あっ!この鳴き声、スマホから聞こえてくる!」
当の人は自ら選んで「鳥のさえずり」を起床タイムに設定していたことをすっかり忘れていたらしい。ガラ携の私を尻目に一足先にスマホにした家人、目覚ましサウンドを再生して、「あら、これだったの!」。
その日の朝も、突然静けさを突き破って、高らかなさえずり声で目が覚める。ふむ!なんだかおかしい。いつも同じ鳴き方ではないか?どうも今朝は窓の外からと言うより家人の枕元あたりから聞こえてくるではないか・・・?ひょっとして、スマホ?あっ!この鳴き声、スマホから聞こえてくる!」
当の人は自ら選んで「鳥のさえずり」を起床タイムに設定していたことをすっかり忘れていたらしい。ガラ携の私を尻目に一足先にスマホにした家人、目覚ましサウンドを再生して、「あら、これだったの!」。
2018年2月25日日曜日
四旬節に
先日、用事があって先輩のT牧師に電話をかけたたが留守だった。「実は、灰の水曜日から一週間山ごもりをしていてね・・・」と後から連絡があった。
ある姉妹は、教会家族や隣人の名前を「あ」から初めて、あ・い・う・え・お順に祈っているということを聞いた。また、別の姉妹は四旬節の間は、おやつを断って過ごすことにしたそうだ。
我が家では、この時節を自分の弱さと不十分さをすべて主の恵みに委ねて過ごせるようにと、「謙遜」の小さな献金箱を作ってテーブルに置いた。
冬の寒さはもうしばらく続く。しかし四旬節はイースターという光に向かって過ごす一日一日だ。
ある姉妹は、教会家族や隣人の名前を「あ」から初めて、あ・い・う・え・お順に祈っているということを聞いた。また、別の姉妹は四旬節の間は、おやつを断って過ごすことにしたそうだ。
我が家では、この時節を自分の弱さと不十分さをすべて主の恵みに委ねて過ごせるようにと、「謙遜」の小さな献金箱を作ってテーブルに置いた。
冬の寒さはもうしばらく続く。しかし四旬節はイースターという光に向かって過ごす一日一日だ。
2018年2月18日日曜日
目覚ましどころでない
1月のある朝、突然、夜明けとともに鳥たちの鳴き交わす澄んだ響きで目が覚めた。その響きは軽快で、音階やリズムは微妙にそして大胆に変化する。言葉で形容できず、音声で真似できず、人間の音楽の常識を超えている。以来毎朝、ほぼ決まった時間にやって来て、数分鳴いたあと飛んで行く。聲はすれども姿は見えずの主(ぬし)への興味は深まるばかり。
野鳥の声の図鑑で調べてみると、画眉鳥(ガビチョウ)だとわかった。中国からペットとして輸入されたのが自然の中に放たれ、野生化したという。
今朝も、澄み切った、大音量の目覚まし時計に起こされる。朝だ、朝だ。お日様おはよう!
野鳥の声の図鑑で調べてみると、画眉鳥(ガビチョウ)だとわかった。中国からペットとして輸入されたのが自然の中に放たれ、野生化したという。
今朝も、澄み切った、大音量の目覚まし時計に起こされる。朝だ、朝だ。お日様おはよう!
2018年2月11日日曜日
小さな木の芽を見ながら思う
立春も過ぎ、確実に日差しが伸びてきた。まだ寒いとはいえ、朝の日差しを浴びて、庭先の紫陽花の新芽は勢いが良い。よく見ると、枝ごとにポコポコ付いている新芽たちが何やら人間の顔に見えてくるのがたまらなくおかしい。あどけない、嬉しそうな表情だ。
そう言えば、昔子供たちに読み聞かせた絵本を思い出した。名前は確か『木の芽合唱団』だったかな・・?
「僕らは、僕らは、木の芽だよ。パッパ、パッ、パッ、パッの木の芽だよ・・・」と元気に歌っていたっけ。
小さな木の芽を見ながら神の親心を思う。今日は主イエスが山の上で、私たちに天の国をチラッと見せてくれた日だ。「さあ、これで元気になれるね!」と。
そう言えば、昔子供たちに読み聞かせた絵本を思い出した。名前は確か『木の芽合唱団』だったかな・・?
「僕らは、僕らは、木の芽だよ。パッパ、パッ、パッ、パッの木の芽だよ・・・」と元気に歌っていたっけ。
小さな木の芽を見ながら神の親心を思う。今日は主イエスが山の上で、私たちに天の国をチラッと見せてくれた日だ。「さあ、これで元気になれるね!」と。
2018年2月4日日曜日
やんちゃ坊主も学んだらしい
先日、ヒーターをつけてから間もなく、何やら焦げ臭い。毛糸の焦げる臭いだ。慌てて台所を見回すが火は使っていない。だとするとヒーターしかない!
案の定、末猫のメルがちょこんとヒーターの上に座り、すまし顔で人一倍長い尻尾を垂れていた。尻尾の先の内側が黒く焦げて、毛先には針の先ほどの火の粉が点々とついていた。慌ててメルを抱き下ろしたが、焦げた純毛の毛は指でこするとそこだけ無くなってしまった。メルには気の毒だが思わず爆笑してしまった。
石油ファンヒーターは温風どころか、間近では熱風が出るのだ。以来、やんちゃ坊主も学んだらしい。"ヒーターの上では尻尾は丸めること"と。
案の定、末猫のメルがちょこんとヒーターの上に座り、すまし顔で人一倍長い尻尾を垂れていた。尻尾の先の内側が黒く焦げて、毛先には針の先ほどの火の粉が点々とついていた。慌ててメルを抱き下ろしたが、焦げた純毛の毛は指でこするとそこだけ無くなってしまった。メルには気の毒だが思わず爆笑してしまった。
石油ファンヒーターは温風どころか、間近では熱風が出るのだ。以来、やんちゃ坊主も学んだらしい。"ヒーターの上では尻尾は丸めること"と。
2018年1月28日日曜日
大満足の誕生日
わたしの誕生日はこの1月だ。土曜日なので、誕生日祝いは当然のように<無し>となった。牧師にとって土曜日は翌日の日曜日のための日だからだ。
心のどこかで子供たちから"Happy birthday"メールが来ることを期待した。しかし、翌日は何もなく、翌々日、LINEに長男から突然のメッセージが入った。「父さん、誕生日?」と長男。「イエス」と私。長男「やっぱり、なんか忘れてるなーってさ」。「お誕生日おめでとう!」「お父っつあん、I Love You」。すぐ長女からケーキと花束のスタンプがLINEで送られてきた。
嬉しいじゃないか!大満足の誕生日だ。この一言、<誕生日おめでとう I love you>これで充分。
心のどこかで子供たちから"Happy birthday"メールが来ることを期待した。しかし、翌日は何もなく、翌々日、LINEに長男から突然のメッセージが入った。「父さん、誕生日?」と長男。「イエス」と私。長男「やっぱり、なんか忘れてるなーってさ」。「お誕生日おめでとう!」「お父っつあん、I Love You」。すぐ長女からケーキと花束のスタンプがLINEで送られてきた。
嬉しいじゃないか!大満足の誕生日だ。この一言、<誕生日おめでとう I love you>これで充分。
2018年1月21日日曜日
あの日、あの時、あの場所で
それは主イエスがヨハネから洗礼を受けてほぼ2ヶ月余り経った、2月の終わり頃のことだ。早春の陽射しは明るく強くなり、何かが始まろうとしていた。
そんなある日、シモン・ペテロとアンデレ、そしてヤコブとヨハネの二組の兄弟は主イエスに出会った。ガリラヤ湖で彼等は網を打って、漁をしていた。主は福音宣教をするために、この日彼等を招かれた。
主イエスに出会った喜び、招かれた喜びをなんと言えば良いのだろう。新しい何かが始まる!
「あの日、あの時、あの場所で、君に会えなかったら・・・」主イエスとの出会いもだ。私にも、あなたにも「あの日、あの時、あの場所」がある。
そんなある日、シモン・ペテロとアンデレ、そしてヤコブとヨハネの二組の兄弟は主イエスに出会った。ガリラヤ湖で彼等は網を打って、漁をしていた。主は福音宣教をするために、この日彼等を招かれた。
主イエスに出会った喜び、招かれた喜びをなんと言えば良いのだろう。新しい何かが始まる!
「あの日、あの時、あの場所で、君に会えなかったら・・・」主イエスとの出会いもだ。私にも、あなたにも「あの日、あの時、あの場所」がある。
2018年1月14日日曜日
ウルトラマンの星も
今日も絵に描いたような冬型の天気だ。朝に青空を吸い込み、夜には星空を仰ぐ。しかし満天の星を眺めても、星音痴の私にわかるのはオリオン座くらいだ。
この冬、ラジオの「冬休み子共科学電話相談」で、「ウルトラマンの星のM78はどこにあるんですか?」と小さい子が質問していた。答えに聞き耳を立てた。
オリオン座の三ツ星の一番東側の星の上の方にあるぼんやりした星雲で、地球からの距離は1600光年だ。とっても遠いんだよと先生。「ウルトラマンはそこで生まれたんだよー」とその子は元気に言った。
今晩もオリオンの腰に下げた剣を見つめながら、気の遠くなる光年の距離も神の御手の中だと思えた。
この冬、ラジオの「冬休み子共科学電話相談」で、「ウルトラマンの星のM78はどこにあるんですか?」と小さい子が質問していた。答えに聞き耳を立てた。
オリオン座の三ツ星の一番東側の星の上の方にあるぼんやりした星雲で、地球からの距離は1600光年だ。とっても遠いんだよと先生。「ウルトラマンはそこで生まれたんだよー」とその子は元気に言った。
今晩もオリオンの腰に下げた剣を見つめながら、気の遠くなる光年の距離も神の御手の中だと思えた。
2018年1月7日日曜日
飛行雲
2018年の新しい年が明けた。雲一つない青空を飛行機雲が頭上をぐんぐん上ってゆく。天空に躍り出たでっかい白龍がうれしくて、思わずしばらく見とれてしまった。ホラ、足もある、尻尾だって伸びてきた・・・
大空を 真っ二つや 飛行雲
わたし達はキリストにあって日々新しくされ、新しい人として生きる。それは「自分は自分、他人は他人」ってことじゃない。聖霊はわたし達をキリストにある一致に向かって大胆に導き続けておられる!
大空を 真っ二つや 飛行雲
わたし達はキリストにあって日々新しくされ、新しい人として生きる。それは「自分は自分、他人は他人」ってことじゃない。聖霊はわたし達をキリストにある一致に向かって大胆に導き続けておられる!
2017年12月31日日曜日
神の恵みを頂く器
宗教改革500年の記念の年、2017年も今日で終わりだ。教会の外壁に張り出してあるマルティン・ルターの肖像の入った大きなバナーともいよいよお別れかと思うと、少々寂しい。
中学生たちが教会の前を、「あっ、ルターだ!」と言って指差して通って行くのを二三度見た。彼等は授業で「ルターは宗教改革のヒーロー」だって習うのだろうか?もしそれだけなら、ちょっと理解が浅い。
私たちもそして君達も、人間はみな神の恵みを頂く器として愛されて今を生きているのだよとルターは伝えたんだ。聖書はその恵みの神について書いてある。
このツィートを読んだら、教会にぜひ来て欲しい。
中学生たちが教会の前を、「あっ、ルターだ!」と言って指差して通って行くのを二三度見た。彼等は授業で「ルターは宗教改革のヒーロー」だって習うのだろうか?もしそれだけなら、ちょっと理解が浅い。
私たちもそして君達も、人間はみな神の恵みを頂く器として愛されて今を生きているのだよとルターは伝えたんだ。聖書はその恵みの神について書いてある。
このツィートを読んだら、教会にぜひ来て欲しい。
2017年12月24日日曜日
満ち足りる幸い
羊飼いたちは、天使の言葉を受け入れて、そして、ベツレヘムに急いだ。幼子イエス様のいる厩を見つけるのは、きっと簡単じゃなかったんだと思う。
でも諦めずに、厩から厩へと訪ね続けた。そして、とうとう幼子が眠っている飼い葉桶をみつけたとき、それはもう、喜んだ。「天使のお告げ通りだ!」
厩も、飼葉桶も質素だった。しかし、神様は御子の誕生に必要なものを満たしてくださった。幼子イエス様が与えられて、マリヤとヨセフは満ち足りていた。
昔々のクリスマスの夜、羊飼いたちはこの不思議な光景を見て信じたと聖書は伝える。クリスマスは神の無償のプレゼント。満ち足りる幸いを今に伝える!
でも諦めずに、厩から厩へと訪ね続けた。そして、とうとう幼子が眠っている飼い葉桶をみつけたとき、それはもう、喜んだ。「天使のお告げ通りだ!」
厩も、飼葉桶も質素だった。しかし、神様は御子の誕生に必要なものを満たしてくださった。幼子イエス様が与えられて、マリヤとヨセフは満ち足りていた。
昔々のクリスマスの夜、羊飼いたちはこの不思議な光景を見て信じたと聖書は伝える。クリスマスは神の無償のプレゼント。満ち足りる幸いを今に伝える!
2017年12月17日日曜日
ハレルヤ三唱
今年もクリスマス・チャリティコンサートで「メサイア」を聞いた。中学生の頃、クリスマスが近づくと「クリスマスはメサイアよ!」と叔母がよく言っていたことを思い出す。しかし、当時の私は「メサイア?それ、いったい何のこと?」と、思っていた。
後になって、「メサイア」はヘブル語のメシアのことで、「油を注がれた者」の意味だと知った。それは神様から特別の使命を与えられた者に対して使われた言葉で、そこから「救い主」の称号となった。
「ああ、メサイアって、イエス・キリストのことか!」と大いに納得して以来、主キリストは私のメサイアとなって共に歩んでくださっている。ハレルヤ三唱!
後になって、「メサイア」はヘブル語のメシアのことで、「油を注がれた者」の意味だと知った。それは神様から特別の使命を与えられた者に対して使われた言葉で、そこから「救い主」の称号となった。
「ああ、メサイアって、イエス・キリストのことか!」と大いに納得して以来、主キリストは私のメサイアとなって共に歩んでくださっている。ハレルヤ三唱!
2017年12月10日日曜日
ネガティブ・ポジティブ
アドヴェントのこの季節、思わぬ恵みに与った。
家人はコンビニでクリスマスカードをコピーして、それをクレジットカードで支払った。丸一日経った翌日、カードをコピー機に忘れてきたことに気がついた。かつて米国でカード被害にあった経験のある家人は青くなった。私は「たかだかコピー代にカード払いは不注意すぎる」と、家人の傷口にさらに塩を塗ってしまった。
しかし、感謝なことにカードはコンビニの店頭に届けられていた。ありがとう!どなたかの誠実さに助けられました!
家人のミスも私のネガティブ発言もすっかりおおわれて、なお余りある恵みだった。ネガティブは罪だが、恵みはあくまでもポジティブだと心にしみる。
家人はコンビニでクリスマスカードをコピーして、それをクレジットカードで支払った。丸一日経った翌日、カードをコピー機に忘れてきたことに気がついた。かつて米国でカード被害にあった経験のある家人は青くなった。私は「たかだかコピー代にカード払いは不注意すぎる」と、家人の傷口にさらに塩を塗ってしまった。
しかし、感謝なことにカードはコンビニの店頭に届けられていた。ありがとう!どなたかの誠実さに助けられました!
家人のミスも私のネガティブ発言もすっかりおおわれて、なお余りある恵みだった。ネガティブは罪だが、恵みはあくまでもポジティブだと心にしみる。
2017年12月3日日曜日
りんりんりんりんと
アドベントは忙しいが、一年で一番心が躍るときだ。クリスマスの準備をしながら次第に心が整えられる。
忙しい合間にシュトーレンブレッドと紅茶でホット一息つくのはアドベントのこの時期の格別の楽しみだ。
嬉しい、楽しいクリスマスがやってくる。・・・子どものすーきなイエス様のお生まれなさったこのよい日・・・である。
子ロバのように、子どものように、イエス様をお迎えしたい。りんりんりんりんと遠くから聞こえてくる鈴の音のように、イエス様の訪れに耳をかたむけながら・・・今日から待降節が始まった。
忙しい合間にシュトーレンブレッドと紅茶でホット一息つくのはアドベントのこの時期の格別の楽しみだ。
嬉しい、楽しいクリスマスがやってくる。・・・子どものすーきなイエス様のお生まれなさったこのよい日・・・である。
子ロバのように、子どものように、イエス様をお迎えしたい。りんりんりんりんと遠くから聞こえてくる鈴の音のように、イエス様の訪れに耳をかたむけながら・・・今日から待降節が始まった。
2017年11月26日日曜日
争いから交わりへ
日本福音ルーテルと日本カトリックの宗教改革500年共同記念礼拝が長崎の浦上教会で行われた。11月23日のことだ。
この500年の間、ルーテル教会とカトリック教会とは、主キリストと福音を信じながら、別々の教会であるかのように歩んできた。そういう私達が、この場に一同に会している。「今ここに、こうしているということは本当に素晴らしい。恩寵だ!」そう思っただけで私のテンションは否応なく上がった。
ルターの宗教改革から500年、第二バチカン公会議から50年余り、私達は「和解と一致と交わり」によって、キリストの平和へと招かれた。さらなる融和と交わりに、聖霊が導いてくださる。
この500年の間、ルーテル教会とカトリック教会とは、主キリストと福音を信じながら、別々の教会であるかのように歩んできた。そういう私達が、この場に一同に会している。「今ここに、こうしているということは本当に素晴らしい。恩寵だ!」そう思っただけで私のテンションは否応なく上がった。
ルターの宗教改革から500年、第二バチカン公会議から50年余り、私達は「和解と一致と交わり」によって、キリストの平和へと招かれた。さらなる融和と交わりに、聖霊が導いてくださる。
2017年11月19日日曜日
主よ、しばしお待ちを
イエス様のたとえ話は幾重にも意味が重なっていて簡単ではない。今日の愚かな乙女たちの慌てふためきも、万事ヌケヌケの私には身につまされる。肝心な時に居眠りをし、その上、灯火を灯すための油を切らしている。人生の正念場においてなすべき準備を怠っていたという愚かな乙女たちの話だからだ。
しかし、油店までの距離がもっと近かったなら、彼女たちもなんとか婚宴に間に合っていたかもしれない・・・「問題は距離と時間だ」などと、土壇場になっても私の頭はひたすら回転する。
だが、遅い遅いと思っていた花婿は突然目の前に。主よ、しばしお待ちを・・・私今すぐ油、買って来ます!
(マタイ25:1〜13)
しかし、油店までの距離がもっと近かったなら、彼女たちもなんとか婚宴に間に合っていたかもしれない・・・「問題は距離と時間だ」などと、土壇場になっても私の頭はひたすら回転する。
だが、遅い遅いと思っていた花婿は突然目の前に。主よ、しばしお待ちを・・・私今すぐ油、買って来ます!
(マタイ25:1〜13)
2017年11月12日日曜日
…ムニャムニャ…
「ルターと宗教改革500年」というラジオ番組が楽しい。NHKのラジオ第一とインターネット放送の<らじる★らじる>で、江口再起先生がルターと宗教改革について分かりやすく教えてくださっている。
毎週火曜日の夜8時半と10時の2回の放送だ。私はインターネットで<聴き逃し>をクリックしては寝る前にかけながら聞き、いつのまにか眠ってしまう。
神学生だった頃はルターの神学はいかめしく思えたものだが、こうして今ラジオから聞くルターは親しみやすく、暖かく感じられるから不思議だ。神の義は恩寵として与えられるということを聞きながら眠る。この安心さこそ福音…ムニャムニャ…
毎週火曜日の夜8時半と10時の2回の放送だ。私はインターネットで<聴き逃し>をクリックしては寝る前にかけながら聞き、いつのまにか眠ってしまう。
神学生だった頃はルターの神学はいかめしく思えたものだが、こうして今ラジオから聞くルターは親しみやすく、暖かく感じられるから不思議だ。神の義は恩寵として与えられるということを聞きながら眠る。この安心さこそ福音…ムニャムニャ…
2017年11月5日日曜日
よい実をつけるぞ
実りの秋がやって来た。湯河原でも山や畑でミカンがオレンジに色づく。スパーの店先から買って食べるだけでは、収穫の苦労や喜びを知ることはない。
主イエスは天の父である神を農夫、ご自分をぶどうの木、わたし達をぶどうの枝に例えられる。主に繋がっていれば神ご自身が手入れをして、わたしに達に良い実を結ばせて下さるという。果たしてわたし達は良い枝なんだろうか・・・?そういえば、主は実をつけなかったイチジクの木を、世話をしてみるので切り倒さずに待ってくれと神に頼んでくれていたね。
そうか、わたし達は、神が切るのを惜しまれる主イエスの枝なんだ。実りの喜びを一緒に味わうために!
(ヨハネ15:1〜17)
主イエスは天の父である神を農夫、ご自分をぶどうの木、わたし達をぶどうの枝に例えられる。主に繋がっていれば神ご自身が手入れをして、わたしに達に良い実を結ばせて下さるという。果たしてわたし達は良い枝なんだろうか・・・?そういえば、主は実をつけなかったイチジクの木を、世話をしてみるので切り倒さずに待ってくれと神に頼んでくれていたね。
そうか、わたし達は、神が切るのを惜しまれる主イエスの枝なんだ。実りの喜びを一緒に味わうために!
(ヨハネ15:1〜17)
2017年10月29日日曜日
きっと花婿ご自身が来て下さる
ブロードウェイで大好評だったミュージカル『Cats』(キャッツ)の公演が終わって間もなくのことだった。テネシーに地方劇団の『Cats』がやって来た。車で行ける。招待状を貰ったも同然。行かなくっちゃ!
地方劇団とは言え生の歌や踊りはグッとくる。もはやライブ感覚だ。CatsのTシャツまで買って、タガーやグリザベラの歌に合わせ、私もノリノリで歌ってしまった。少々太り気味の猫も中にはいたが、いいじゃぁないか!そんなこと気にしていては楽しめない。
婚宴に招かれて礼服を来てこなかったこの人、恵みに委ねられないこの人、心の暗闇で歯噛みをしているこの人のところへ、きっと花婿ご自身が来て下さる。
(マタイ22:1〜14)
地方劇団とは言え生の歌や踊りはグッとくる。もはやライブ感覚だ。CatsのTシャツまで買って、タガーやグリザベラの歌に合わせ、私もノリノリで歌ってしまった。少々太り気味の猫も中にはいたが、いいじゃぁないか!そんなこと気にしていては楽しめない。
婚宴に招かれて礼服を来てこなかったこの人、恵みに委ねられないこの人、心の暗闇で歯噛みをしているこの人のところへ、きっと花婿ご自身が来て下さる。
(マタイ22:1〜14)
2017年10月22日日曜日
全ては神によってつながっていると知る
T姉の入院を偶然に知った。夕方遅くなっていたが病院へ訪ねる。どんな様子かとドキドキしながら病室に入ると、予想に反して彼女はベッドを起こして一人ゆったりと新聞を読んでおられた。ホッとした。
いつものように若き日の思い出話に花が咲く。「『ウドの大木』って言われてたのよ〜」と懐かしそうに笑っておられた。手を取り合って祈った。
別れ際に、「教会あっての私だものね。教会の皆さんによろしく。ありがとう」と言われた。これがT姉と交わした最後の言葉になった。
その約1時間半後、突然彼女は天に召された。不思議な偶然も全ては神によってつながっていると知る。
いつものように若き日の思い出話に花が咲く。「『ウドの大木』って言われてたのよ〜」と懐かしそうに笑っておられた。手を取り合って祈った。
別れ際に、「教会あっての私だものね。教会の皆さんによろしく。ありがとう」と言われた。これがT姉と交わした最後の言葉になった。
その約1時間半後、突然彼女は天に召された。不思議な偶然も全ては神によってつながっていると知る。
2017年10月15日日曜日
天高く馬越ゆる秋
「天高く 馬肥ゆる秋」という諺がある。幼い頃に聞いて私が想像したのは、白い天馬が大きく一蹴りして、秋の青く澄み渡った大空を跳躍してゆく姿だ。
勘違いも甚だしいのだが、私は大きくなるまで「天高く馬越ゆる秋」だとばかり思っていた。耳から聞いていただけなのでこんな思い違いがあって、笑える。しかし「馬越ゆる」でもぜんぜん悪くない。天の大空はいつも神の存在を思わせてくれるからだ。
イザヤ書は、「天が地を高く越えているように神の道も思いも私たちを高く超える」(55:9)と記す。ぶどう園の主人は5時からしか働かなかった者を馬の背に乗せてゆうゆうと飛んでゆく。最後の一人にハレルヤ!
勘違いも甚だしいのだが、私は大きくなるまで「天高く馬越ゆる秋」だとばかり思っていた。耳から聞いていただけなのでこんな思い違いがあって、笑える。しかし「馬越ゆる」でもぜんぜん悪くない。天の大空はいつも神の存在を思わせてくれるからだ。
イザヤ書は、「天が地を高く越えているように神の道も思いも私たちを高く超える」(55:9)と記す。ぶどう園の主人は5時からしか働かなかった者を馬の背に乗せてゆうゆうと飛んでゆく。最後の一人にハレルヤ!
2017年10月8日日曜日
愛と赦しの立看板
紅葉し始めた緑を眺めながら、今年のノーベル平和賞のニュースを嬉しく聞いた。
「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICANアイキャン)に贈られた理由は、「核兵器がもたらす破滅的な結果を人々に気づかせ、条約で禁止しようと草分け的な努力をしてきた」と言うものだ。
小田原からの帰り道、真鶴町の見慣れた大きな立看板「核禁止平和都市宣言」が急に新鮮に感じられる。草分けの根はこんなところにまで伸びて来ていた!
今日、人を赦せ、無限に赦せ、自分も赦されたのだからと言われる主イエスは全ての人の心に十字架の愛と赦しの立看板を立てて、平和宣言をされる。
「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICANアイキャン)に贈られた理由は、「核兵器がもたらす破滅的な結果を人々に気づかせ、条約で禁止しようと草分け的な努力をしてきた」と言うものだ。
小田原からの帰り道、真鶴町の見慣れた大きな立看板「核禁止平和都市宣言」が急に新鮮に感じられる。草分けの根はこんなところにまで伸びて来ていた!
今日、人を赦せ、無限に赦せ、自分も赦されたのだからと言われる主イエスは全ての人の心に十字架の愛と赦しの立看板を立てて、平和宣言をされる。
2017年10月1日日曜日
イシグロちゃんの恵み
ご近所の猫のイシグロちゃんの世話を始めて、かれこれ8ヶ月目に入るだろうか。飼い主だった方はご高齢のために一人暮らしができなくなって、施設に入らねばならなくなった。家には猫が一匹で残された。
きっと家に残した猫のことが気にかかるに違いない。キャットフード、水、蚊取り線香、懐中電灯、それにペーパータオルなど猫のご飯の世話に必要な一式を持って出かける。遅くなっても必ず私たちを待っていると思うと、大変だからと言って止められない。
猫が食べている間に、私はスクワットが100回できる。日頃は運動不足の家人も行き帰りの道のりを早足で歩いている。これをイシグロちゃんの恵みと呼ぶ。
きっと家に残した猫のことが気にかかるに違いない。キャットフード、水、蚊取り線香、懐中電灯、それにペーパータオルなど猫のご飯の世話に必要な一式を持って出かける。遅くなっても必ず私たちを待っていると思うと、大変だからと言って止められない。
猫が食べている間に、私はスクワットが100回できる。日頃は運動不足の家人も行き帰りの道のりを早足で歩いている。これをイシグロちゃんの恵みと呼ぶ。
2017年9月24日日曜日
親の愛に包まれて
季節は夏から秋へ。今年もあちこちに真っ赤な彼岸花が咲く。その花の間をぬいながら秋の風が吹く。
今日はなんて爽やかな風が吹くのだろう!そう思いながら見上げると、高く澄んだ秋の青空だった。
「今日は真っ青な空ですね」と、牧師館の前を通り過ぎる人が気持ちのよい声をかけてゆく。「本当にそうですねぇ」と、思わず笑顔になる。こんなちょっとした会話が楽しい。不思議にこころが澄みきって、余計なものが落ちて行く。
解放された心、神のみ手の中にある本当の安心こそが何よりも大切なんだと思う。言ってみれば、おさな子が親の愛に包まれている時の安心かなぁ〜。
今日はなんて爽やかな風が吹くのだろう!そう思いながら見上げると、高く澄んだ秋の青空だった。
「今日は真っ青な空ですね」と、牧師館の前を通り過ぎる人が気持ちのよい声をかけてゆく。「本当にそうですねぇ」と、思わず笑顔になる。こんなちょっとした会話が楽しい。不思議にこころが澄みきって、余計なものが落ちて行く。
解放された心、神のみ手の中にある本当の安心こそが何よりも大切なんだと思う。言ってみれば、おさな子が親の愛に包まれている時の安心かなぁ〜。
2017年9月17日日曜日
新老人の使命ってすごい!
「新老人の会」をご存知だろうか。故日野原重明さんが提唱してできた会だ。世界で一番早く長寿国となった日本の高齢者が、元気で生きがいを感じられる生き方をする具体的な提案活動だそうだ。
確かに、高齢になっても自立して、これまでの人生で培った知恵や経験を社会に還元できるお年寄りはたくさんいる。65歳以上を老人とするという半世紀前の国連の取り決めは、既に実態にそぐわない。
ソーシャル・ネットワークを駆使してお互いに繋がり合う「新老人」の唯一つの使命は「子供たちに平和と愛の大切さを教えること」だという。キリスト者であった日野原さんらしい。新老人の使命ってすごい!
確かに、高齢になっても自立して、これまでの人生で培った知恵や経験を社会に還元できるお年寄りはたくさんいる。65歳以上を老人とするという半世紀前の国連の取り決めは、既に実態にそぐわない。
ソーシャル・ネットワークを駆使してお互いに繋がり合う「新老人」の唯一つの使命は「子供たちに平和と愛の大切さを教えること」だという。キリスト者であった日野原さんらしい。新老人の使命ってすごい!
2017年9月10日日曜日
若き時の
「いやー、今日はこの言葉がズシッと来たー!」と聖書の学びで皆が言った箇所は「わたしの若き時の罪と、とがとを思い出さないでください」だ。(詩篇25:7)
私やもっと上の年齢の方たちは「今思い出しても恥ずかしいことを一杯やってきた」と言う。そして、私よりずっと若い彼等も笑いながら言う。「今もそうだけど、10代や20代のころはホント未熟だったよね〜。自分ばっかり偉そうだった!」。若き日は誰にも“恥多き若かりし頃”なんだと深くうなずく。
私たちも詩篇の詩人と共に深い懺悔をする。私の罪には目をつぶり、私に対する慈しみだけを思い出してください。虫のいい言い分だが、主にだけは願える。
私やもっと上の年齢の方たちは「今思い出しても恥ずかしいことを一杯やってきた」と言う。そして、私よりずっと若い彼等も笑いながら言う。「今もそうだけど、10代や20代のころはホント未熟だったよね〜。自分ばっかり偉そうだった!」。若き日は誰にも“恥多き若かりし頃”なんだと深くうなずく。
私たちも詩篇の詩人と共に深い懺悔をする。私の罪には目をつぶり、私に対する慈しみだけを思い出してください。虫のいい言い分だが、主にだけは願える。
2017年9月3日日曜日
今、心から感謝!
この夏、健康上の都合で外出できないが、聖書の学びがしたいという一人の方を訪ねた。
インターネットはしないというので、テキストなどは郵送し、「感想や質問は電話か手紙で」ということで始めたものの、なかなか進まない。やっぱり手紙や電話ではね〜という思いがつのる。イエス様の「訪ねよ」という声もするので、この日思い切って訪ねた。
西陽の射す部屋で、麦茶を飲み、飲み、吹き出す汗を拭き、拭き、学ぶこと2時間。猛暑の中、扇風機だけ?エアコンが壊れていたことを後から知った。それにしてもあの時のものすごく冷えたオシボリには救われた。訪ねて良かった。今、心から感謝!
インターネットはしないというので、テキストなどは郵送し、「感想や質問は電話か手紙で」ということで始めたものの、なかなか進まない。やっぱり手紙や電話ではね〜という思いがつのる。イエス様の「訪ねよ」という声もするので、この日思い切って訪ねた。
西陽の射す部屋で、麦茶を飲み、飲み、吹き出す汗を拭き、拭き、学ぶこと2時間。猛暑の中、扇風機だけ?エアコンが壊れていたことを後から知った。それにしてもあの時のものすごく冷えたオシボリには救われた。訪ねて良かった。今、心から感謝!
2017年8月27日日曜日
嬉しくなってそっと歌う
このところの厳しい残暑には、正直参った!白旗を振ろうとしたとき、ふと見上げた空に広い広いうろこ雲。やっぱり秋なんだと胸を撫で下ろす。きっと明日から暑さが和らぐのだろう。そう思うだけで、気持ちはグ〜ンと楽になった。
そうだ、あの時も主イエスはわたし達を青草の野辺に座らせて、わずかのパンと魚とを持って生き返らせてくださった。そして今日も、主は疲れ、飢え渇いている私たちを満たし、潤し、癒して下さっている。
もう毎日が奇跡だと、もう一度空を見上げる。うろこ雲は大空にある野原のようだと思った。嬉しくなってそっと歌う。「秋よ来い、早〜やく来い」。
そうだ、あの時も主イエスはわたし達を青草の野辺に座らせて、わずかのパンと魚とを持って生き返らせてくださった。そして今日も、主は疲れ、飢え渇いている私たちを満たし、潤し、癒して下さっている。
もう毎日が奇跡だと、もう一度空を見上げる。うろこ雲は大空にある野原のようだと思った。嬉しくなってそっと歌う。「秋よ来い、早〜やく来い」。
2017年8月20日日曜日
ちょっといい感じ
日照不足が原因なのか、坂の上の桃の実が青いまま次から次へ落ちて、坂道を転がり落ちてくる。ゴロゴロと歩くのに邪魔になるばかりか、車に潰されて道が汚れる。
初めは家のゴミではないのだからと、道の向こう端に足で蹴り転がしていた。しかし、桃の実は毎日転がってきては我が家の前に溜まり続ける。
先週のこと、そうだ、拾って捨てればばいいんだとふと思った。そこで落ちてきた桃の実を上の方から拾い集めて、ゴミ袋に入れてみて思った。意外に簡単なことなんだ!お陰で道がきれいになった。なんだか嬉しい。私もちょっといい感じになった気がする。これって隠された宝を見つけた気持ちに通じてる?
初めは家のゴミではないのだからと、道の向こう端に足で蹴り転がしていた。しかし、桃の実は毎日転がってきては我が家の前に溜まり続ける。
先週のこと、そうだ、拾って捨てればばいいんだとふと思った。そこで落ちてきた桃の実を上の方から拾い集めて、ゴミ袋に入れてみて思った。意外に簡単なことなんだ!お陰で道がきれいになった。なんだか嬉しい。私もちょっといい感じになった気がする。これって隠された宝を見つけた気持ちに通じてる?
2017年8月13日日曜日
発想の転換が必要だね
灰色の猫、JDは大のブラシング嫌いのせいで、すっかり毛玉だらけになってしまった。先日、見かねた家人が毛玉を切ろうとして、誤って皮膚を切ってしまった。獣医さんで5針縫ってもらった。
「少し毛をトリミングしてあげましょう」という獣医さんの勧めで、お願いして帰った。ところが、病院へ迎えに行ってびっくりした。丸刈だった!
本人は綺麗さっぱり毛を捨てて結構ご機嫌だ。尻尾の先にだけ残された毛が、ライオンの尻尾のようでなんとも可愛い。毛玉のトラブルもすっかり無くなった。「君はライオンだね」とツルツルの体を撫ぜてみる。
思い切って丸刈りか!発想の転換が必要だね。
「少し毛をトリミングしてあげましょう」という獣医さんの勧めで、お願いして帰った。ところが、病院へ迎えに行ってびっくりした。丸刈だった!
本人は綺麗さっぱり毛を捨てて結構ご機嫌だ。尻尾の先にだけ残された毛が、ライオンの尻尾のようでなんとも可愛い。毛玉のトラブルもすっかり無くなった。「君はライオンだね」とツルツルの体を撫ぜてみる。
思い切って丸刈りか!発想の転換が必要だね。
2017年8月6日日曜日
平和の祈り-聖フランシスコによる-
主よ、わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに 愛を、
争いのあるところに 許しを、
分裂のあるところに 一致を、
疑いのあるところに 信仰を、
誤りのあるところに 真理を、
絶望のあるところに 希望を、
悲しみのあるところに 喜びを、
闇には光を、もたらす者としてください。
聖なる主よ、どうぞわたしに望ませてください。
慰められるよりも 慰めることを、
理解されるよりも 理解することを、
愛されるよりも 愛することを、
わたしたちは与えるから 受け、
すすんで赦すから 赦され、
自分を捨てて死んでこそ 永遠の命をいただくのですから。
アーメン
憎しみのあるところに 愛を、
争いのあるところに 許しを、
分裂のあるところに 一致を、
疑いのあるところに 信仰を、
誤りのあるところに 真理を、
絶望のあるところに 希望を、
悲しみのあるところに 喜びを、
闇には光を、もたらす者としてください。
聖なる主よ、どうぞわたしに望ませてください。
慰められるよりも 慰めることを、
理解されるよりも 理解することを、
愛されるよりも 愛することを、
わたしたちは与えるから 受け、
すすんで赦すから 赦され、
自分を捨てて死んでこそ 永遠の命をいただくのですから。
アーメン
2017年7月30日日曜日
聖霊の涼しい風が吹く
小田原への道、早川駅前を車で通り過ぎた。頭にタオルを撒き、かごを背負って、でっかいトンクを片手にゴミを拾いながら歩いている男性を見かけた。頭にタオルを巻いた姿は、どう見てもボランティアワークだ。この暑さの中、エライ人がいるものだ!
翌朝のこと、教会前のゴミ置き場のネットを抱えていく近所の方に会った。だいぶボロボロだけれども、繕えばもう少し使えるかなと思って・・・とニコニコ顔。汚れたゴミのネットを、ホント、有り難い!
私はと言えば、今週は暑さと忙しさとでくたびれ果てた!だが、こんな無私の行為を見れば、からだの中には聖霊の涼しい風が吹く。さあ、また頑張るか!
翌朝のこと、教会前のゴミ置き場のネットを抱えていく近所の方に会った。だいぶボロボロだけれども、繕えばもう少し使えるかなと思って・・・とニコニコ顔。汚れたゴミのネットを、ホント、有り難い!
私はと言えば、今週は暑さと忙しさとでくたびれ果てた!だが、こんな無私の行為を見れば、からだの中には聖霊の涼しい風が吹く。さあ、また頑張るか!
2017年7月23日日曜日
ラインホールド・ニーバーの祈り
「ラインホールド・ニーバーの祈り」
神よ、変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、
変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
神よ、変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、
変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
2017年7月16日日曜日
すでに愛は勝ったのだから
主イエスは弟子たちを宣教に送り出すにあたって、迫害のあることを予告された。戦後日本では思想・信教の自由は国民の基本的人権として保証されたが、いま雲行きが怪しい。隣の国々ではなお弾圧の中にある。
30年ほど前になるが、「愛は勝つ」という歌が流行った。…どんなに困難で、挫けそうでも、信じることさ、必ず最後に愛は勝つ…恋愛の応援歌だが、妙にキリスト教的だなぁと感じたことを思い出す。
「敵はいない」と、非暴力の戦いを続けた隣国の人は死んで負けたのではない。キリストは、私たちは孤立無援ではないこと、神の私たちに対する慈しみは決してなくならないと伝える。すでに愛は勝ったのだから。
30年ほど前になるが、「愛は勝つ」という歌が流行った。…どんなに困難で、挫けそうでも、信じることさ、必ず最後に愛は勝つ…恋愛の応援歌だが、妙にキリスト教的だなぁと感じたことを思い出す。
「敵はいない」と、非暴力の戦いを続けた隣国の人は死んで負けたのではない。キリストは、私たちは孤立無援ではないこと、神の私たちに対する慈しみは決してなくならないと伝える。すでに愛は勝ったのだから。
2017年7月9日日曜日
雨の中で輝く紫陽花は
九州北部では数十年に一度という豪雨のために多大な被害が出て心が痛むというのに、ここは真夏の天気が続く。ふと、地球温暖化、異常気象と言う言葉が頭をよぎる。
「去年はきれいだったのに、今年は紫陽花はかわいそううですね」とは、たった今通りがかった近所の方の言葉だ。そう言えば今年の紫陽花はさっぱりだった。「どうぞご自由にお持ちください」という札も貼らずじまいだった。梅雨はまだこれからが本番なのか、それとも遅れた「梅雨明け宣言」を待つだけなのか?
いつの間にかシトシト雨の安心で懐かしい梅雨を忘れてしまうことがないようにと願いながら、雨の中で輝く紫陽花は来年の楽しみに取っておく。
「去年はきれいだったのに、今年は紫陽花はかわいそううですね」とは、たった今通りがかった近所の方の言葉だ。そう言えば今年の紫陽花はさっぱりだった。「どうぞご自由にお持ちください」という札も貼らずじまいだった。梅雨はまだこれからが本番なのか、それとも遅れた「梅雨明け宣言」を待つだけなのか?
いつの間にかシトシト雨の安心で懐かしい梅雨を忘れてしまうことがないようにと願いながら、雨の中で輝く紫陽花は来年の楽しみに取っておく。
2017年7月2日日曜日
何十年ぶりかのプリン
今週もホームで暮らす92歳になる叔母を訪ねると叔母は満面の笑顔で迎えてくれた。
叔母は好物のプリンを見ると、「あら、こんなに美味しいもの、何十年ぶりかしら」そう言いながら、ゆっくりと美味しそうにプリンを味わって平らげた。
「何十年ぶりだって?!」と私は内心であきれて、先週もプリンを食べましたよと訂正しようかと思って、止めた。叔母の中ではとっくに時間の観念はなくなっている。
プリンを食べる度に、何十年ぶりかと思うほど美味しいと思えるなんて、なんて幸せなんだろう!こんな感動を神様は叔母にくださっているんだ。
叔母は好物のプリンを見ると、「あら、こんなに美味しいもの、何十年ぶりかしら」そう言いながら、ゆっくりと美味しそうにプリンを味わって平らげた。
「何十年ぶりだって?!」と私は内心であきれて、先週もプリンを食べましたよと訂正しようかと思って、止めた。叔母の中ではとっくに時間の観念はなくなっている。
プリンを食べる度に、何十年ぶりかと思うほど美味しいと思えるなんて、なんて幸せなんだろう!こんな感動を神様は叔母にくださっているんだ。
2017年6月25日日曜日
枇杷を食べながら思う
甘くておいしい実のなる枇杷の木が小田原教会の庭の外れに一本ある。もともと実生の枇杷だったらしいが、順調に育ってこの2、3年でたくさん実を付けるようになった。礼拝の後、みんなで採って楽しんだ。高い所のは、鳥や虫たちへの恵みの分かち合い。
手で皮をむくだけで果汁が溢れる。甘さが口一杯に。そんな枇杷を食べながら思う。良い木はイエス様だ。良い実は、イエス様が下さる福音だ。わたし達はそれをただ、ただ、頂いて味わえばいいんだ・・と。
「自分なんかダメだ」や「・・・ねばならない」に押しつぶされそうになって生きる私たちの口に主は今日もジューシーな福音の実を食べさせて下さる。
手で皮をむくだけで果汁が溢れる。甘さが口一杯に。そんな枇杷を食べながら思う。良い木はイエス様だ。良い実は、イエス様が下さる福音だ。わたし達はそれをただ、ただ、頂いて味わえばいいんだ・・と。
「自分なんかダメだ」や「・・・ねばならない」に押しつぶされそうになって生きる私たちの口に主は今日もジューシーな福音の実を食べさせて下さる。
2017年6月18日日曜日
喜んで天に送ろう
梅雨に入ったと言うのに、このあたりは晴天続き。庭の紫陽花も心なしか、うらめしそうに空を見上げる。本来なら、シトシト、ジトジトの季節だと思えば、サヤサヤと吹く爽やかな初夏の風はもうけもの。
この格別の天気に恵まれて、教会家族のわたし達、みんなが愛するY姉妹が天国に旅立った。107年11ヶ月3日間の長寿の生涯だった。それだけに山坂、谷ありの人生だったに違いない。
空の鳥を養い、野の花を育てて下さる主の愛は計り知れない。しかし、空の鳥にも野の花にもまさって主はひとりの主の僕、Y姉妹を慈しんで心に留めてくださった。今日は「ハレルヤ!」と喜んで天に送ろう。
この格別の天気に恵まれて、教会家族のわたし達、みんなが愛するY姉妹が天国に旅立った。107年11ヶ月3日間の長寿の生涯だった。それだけに山坂、谷ありの人生だったに違いない。
空の鳥を養い、野の花を育てて下さる主の愛は計り知れない。しかし、空の鳥にも野の花にもまさって主はひとりの主の僕、Y姉妹を慈しんで心に留めてくださった。今日は「ハレルヤ!」と喜んで天に送ろう。
2017年6月11日日曜日
悟っておられるかのように
リハビリ施設に入所した高齢の◯さんを時々訪ねる。今日は枕もとのところに額に入った猫の写真があった。きっとベットに入っても見ていたのだろう。
◯さんといつものように祈り合う。そして「クロちゃんは元気でいます。毎日、ごはんと水を持って行ってます。安心してください。◯さんの帰りを待っていますよ。リハビリ、頑張ってください」とお伝えする。
しかしこのところ、ご自身でも家に戻ることはないと悟っておられるかのように言われる。「ご親切を感謝します。クロちゃんをよろしくお願いします」。
クロちゃんの餌やりももう2ヶ月になった。戻らぬ人を待つ・・・、◯さんの望みは叶えたいなぁ!
◯さんといつものように祈り合う。そして「クロちゃんは元気でいます。毎日、ごはんと水を持って行ってます。安心してください。◯さんの帰りを待っていますよ。リハビリ、頑張ってください」とお伝えする。
しかしこのところ、ご自身でも家に戻ることはないと悟っておられるかのように言われる。「ご親切を感謝します。クロちゃんをよろしくお願いします」。
クロちゃんの餌やりももう2ヶ月になった。戻らぬ人を待つ・・・、◯さんの望みは叶えたいなぁ!
2017年6月4日日曜日
聖霊の風よ吹け
風が吹いて、裏口でコトッと音がした。「ひょっとして主の来臨ではないかしら?」と妻。「じゃあ、ちょっと見てこよう」と立ち上がって見に行って「主はおられなかったよ」と夫。・・・これはずいぶん昔、明治生まれの老夫婦の家庭集会での会話だ。
神がかった会話を普通にする夫婦もいるものだと半ば呆れ、半ば感心して聞いたことを思い出した。
それにしても聖霊降臨はまったく神がかりだ。ゴーッとものすごい聖霊の風が吹いた。すると聖霊に満たされた弟子たちは聖霊に動かされて福音を語りだす。
すごい風でも、そよ風でもいい。コトリっとほんのチョトでもいい。聖霊の風よ吹け!わが内に吹け!
神がかった会話を普通にする夫婦もいるものだと半ば呆れ、半ば感心して聞いたことを思い出した。
それにしても聖霊降臨はまったく神がかりだ。ゴーッとものすごい聖霊の風が吹いた。すると聖霊に満たされた弟子たちは聖霊に動かされて福音を語りだす。
すごい風でも、そよ風でもいい。コトリっとほんのチョトでもいい。聖霊の風よ吹け!わが内に吹け!
2017年5月28日日曜日
生涯神を讃美し続けた
先日のこと、伯母の入所施設から、「これから"看取り"に入らせてください」と言う連絡を突然受けて驚いて会いに行った。そのとき、とびっきりの笑顔を見せてくれた伯母は、延命を一切しないまま3日後に微笑んで天に召された。100歳だった。
キリスト者の両親のもとに生まれ育ち、オルガンを学び、戦後の人種差別下の米国に留学した。故渡辺善太牧師から、姉の故岡村民子は「神学」を、節子は「讃美学」を修めなさいと送り出されたそうだ。それが果たせず、帰るに帰れなかったと心の闇を覗かせた事があった。しかし最晩年も施設で礼拝に与り、生涯神を讃美し続けた。主よ、慈しみに感謝します!
キリスト者の両親のもとに生まれ育ち、オルガンを学び、戦後の人種差別下の米国に留学した。故渡辺善太牧師から、姉の故岡村民子は「神学」を、節子は「讃美学」を修めなさいと送り出されたそうだ。それが果たせず、帰るに帰れなかったと心の闇を覗かせた事があった。しかし最晩年も施設で礼拝に与り、生涯神を讃美し続けた。主よ、慈しみに感謝します!
2017年5月21日日曜日
不明のアーティスト
先日、自作の歌を吹き込んだCDをいただいた。
そう言えば、マイカーを買ってから3年以上経つというのに、車中でまだ一度もCDを聞いたことが無い。
確かCDプレヤーが装着されているはずだが・・・と説明書を見ながら、さっそく、このCDを試してみる。ボリュームを上げると、おもむろに音楽が聞こえてきた。オゥー、なかなかイイじゃーないか!
CDのデスプレイにはちゃんと曲名が表示されたが、作曲者欄は「不明のアーティスト」とだけ。機械って全く正直だね。お世辞の一つもない。
音楽業界では無名かもしれないが、不明じゃないよ。その人、実はイエス様つながりの人なのだから。
そう言えば、マイカーを買ってから3年以上経つというのに、車中でまだ一度もCDを聞いたことが無い。
確かCDプレヤーが装着されているはずだが・・・と説明書を見ながら、さっそく、このCDを試してみる。ボリュームを上げると、おもむろに音楽が聞こえてきた。オゥー、なかなかイイじゃーないか!
CDのデスプレイにはちゃんと曲名が表示されたが、作曲者欄は「不明のアーティスト」とだけ。機械って全く正直だね。お世辞の一つもない。
音楽業界では無名かもしれないが、不明じゃないよ。その人、実はイエス様つながりの人なのだから。
2017年5月14日日曜日
どんなもんだい!
最近、私にも得意料理が出来た。豆腐の上にあんかけのようにしてのせて食べるニラ料理だ。家人が、珍しく「おいしい」というので大いに満足だ。
ニラを5ミリほどに切って、そこに胡麻油、砂糖、酢、鰹節、醤油、赤唐辛子、すり胡麻を加えて混ぜ合わせ、冷蔵庫に保存。ニラのキムチのような味だが、そんなに辛くはない。冷奴にも、湯豆腐にもどちらでもいける。豆腐一丁くらいまたたく間に平らげられる。今年の夏は、「ニラのキムチ風あんかけヘルシー豆腐」で行こうと決めた。
この5月、早くも真夏日が続く。「やったぜ!」「どんなもんだい!」少しばかり鼻が高くなる。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
(どなたかのHP(お名前がわかりません。ごめんなさい)からメモしたものです)
ニラひと束 5ミリに刻む 袋でまぜて冷蔵庫保存
醤油 大さじ3
酢 大さじ1
砂糖 大さじ1
ごま油 大さじ1
ごま 小さじ1
鰹節 5グラム
唐辛子 1本
ニラを5ミリほどに切って、そこに胡麻油、砂糖、酢、鰹節、醤油、赤唐辛子、すり胡麻を加えて混ぜ合わせ、冷蔵庫に保存。ニラのキムチのような味だが、そんなに辛くはない。冷奴にも、湯豆腐にもどちらでもいける。豆腐一丁くらいまたたく間に平らげられる。今年の夏は、「ニラのキムチ風あんかけヘルシー豆腐」で行こうと決めた。
この5月、早くも真夏日が続く。「やったぜ!」「どんなもんだい!」少しばかり鼻が高くなる。
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(どなたかのHP(お名前がわかりません。ごめんなさい)からメモしたものです)
ニラひと束 5ミリに刻む 袋でまぜて冷蔵庫保存
醤油 大さじ3
酢 大さじ1
砂糖 大さじ1
ごま油 大さじ1
ごま 小さじ1
鰹節 5グラム
唐辛子 1本
2017年5月8日月曜日
おいしいね
連休の一日、娘夫婦が訪ねてきた。何ヶ月ぶりだろうか?とにかく我が家のテーブルを片付けて、座れるところを作らなくてはと、日頃の怠慢を思いっきり反省しながら片付け始めた。しかし、床を拭き終わらないうちに、二人は牧師館の玄関に立っていた。「よく来たね」「さあさあ、上がって!」と招き入れる。
昼ごはんは近くの店の蕎麦定食。「おいしいね、おいしいね」と言いながら食べてくれる。
午後は真鶴半島へ。展望台で海の空気を思いっきり吸った。「やっぱり空気もおいしいね!」と二人。
「おいしい」という二人の言葉から、親の家に帰ってきた安堵感が伝わってきた。
昼ごはんは近くの店の蕎麦定食。「おいしいね、おいしいね」と言いながら食べてくれる。
午後は真鶴半島へ。展望台で海の空気を思いっきり吸った。「やっぱり空気もおいしいね!」と二人。
「おいしい」という二人の言葉から、親の家に帰ってきた安堵感が伝わってきた。
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